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1. 市民生活局 通達

2041年4月1日 08:00

件名:発話時間課税制度、施行のお知らせ

本日より、全国民を対象に「発話時間課税制度」が施行されます。

すべての発話は、個人保有時間口座より自動的に差し引かれます。
差し引き単位は以下の通りです。

  • 日常会話:1秒につき1秒
  • 商業利用発話:1秒につき3秒
  • 政治的発言:1秒につき5秒
  • 公共放送・演説:1秒につき10秒

なお、筆談、電子文字通信、表情、身振りは課税対象外です。
ただし、音声合成機器による発話は本人の発話とみなします。

本制度は、無責任な言説、誹謗中傷、情報過多による社会不安の抑制を目的としています。

沈黙は、国民共有の資産です。
言葉は、責任ある通貨です。

市民生活局 発話管理課


2. 未送信メール

2041年4月3日 23:41
差出人:佐倉ミナ
宛先:佐倉灯

件名:お母さんへ

お母さん、今日、学校で誰もしゃべらなかった。

先生も最初だけ端末で文章を見せて、あとは黒板に書いた。
昼休みも静かだった。
前はうるさいと思ってた男子たちが、今日はずっと口を閉じてて、なんか人形みたいだった。

ミオが消しゴムを落として、私が拾ったら、いつもの癖で「はい」って言いそうになった。
でも言わなかった。
言えなかった。

だって、今うちの時間口座、残り少ないんだよね。
お母さんが夜勤から帰ってきたとき、端末見た。
残り、十四日と六時間。

ごめん。見ちゃった。

お母さんは私に「大丈夫」って言いたかったんだと思う。
でも言わなかった。
その代わり、頭を撫でてくれた。

あの手、ちょっと震えてた。

私はお母さんの声、忘れないようにしてる。
でも今日、少し思い出せなくなった。


3. 家庭内共有メモ

2041年4月7日 06:12
作成者:佐倉灯

ミナへ。

冷蔵庫にお弁当。
卵焼き、少し焦げた。
ごめん。

今日は帰りが遅い。
鍵をかけて。
知らない人が来ても出ない。

時間口座のことは気にしなくていい。
あなたは必要なときに話しなさい。

母より

追記:
朝、「いってらっしゃい」って言えなくてごめん。
口が動いたのに、声にできなかった。


4. 音声記録 自動文字起こし

2041年4月10日 19:03
場所:北新宿駅前 言葉市場

録音者不明。雑音多数。
以下、検出可能な発話のみ。

「十秒、十秒だけ買います」
「家族用ですか、本人用ですか」
「母が、病院で」
「なら高いよ。医療前発話は需要がある」
「いくら」
「一分で三時間」
「そんな」
「嫌なら黙ってな」

沈黙、七秒。

「……買います」

課税警告音。

「契約成立」

硬貨音。
泣き声らしき非言語音。
発話として認識されず。


5. 学校連絡アプリ

2041年4月15日 14:22
投稿者:二年三組担任 小田

保護者各位

近頃、生徒間で「無音いじめ」と呼ばれる行為が確認されています。

対象生徒に対し、全員が筆談も身振りも行わず、存在を無視するものです。
直接的な発話がないため制度上の罰則はありませんが、教育上きわめて重大な問題です。

各家庭でも、沈黙が必ずしも優しさではないことをご指導ください。

なお、来週より「適切な沈黙の使い方」授業を開始します。


6. 佐倉ミナの日記

2041年4月18日 22:08

今日、ミオが泣いた。

でも泣き声は時間を取られない。
泣くのは無料だから、みんなよく泣くようになった。

ミオは机に「ごめん」って何度も書いてた。
誰に謝ってるのか分からなかった。

帰り道、お母さんからメッセージ。

「駅まで迎えに行く」

嬉しかった。

改札の向こうで、お母さんが手を振ってた。
私は走った。

本当は「お母さん」って呼びたかった。
大きな声で呼びたかった。
でも呼ばなかった。

お母さんも笑ってたけど、やっぱり声は出さなかった。

家に帰ってから、二人で向かい合ってご飯を食べた。
箸の音だけがした。

食後、お母さんが紙に書いた。

「ミナの声が聞きたい」

私は書き返した。

「もったいない」

お母さんはそれを読んで、少し怒った顔をした。
それから、私の手を握って、ゆっくり口を開いた。

「もったいなくない」

たった八文字だった。

端末が鳴った。
残り時間が八秒減った。

私は泣いた。
お母さんも泣いた。


7. 市民生活局 FAQ 更新履歴

2041年5月1日 10:00

Q:愛情表現も課税対象ですか。
A:音声を伴う場合、内容にかかわらず課税対象です。

Q:乳幼児の発声は課税対象ですか。
A:三歳未満は対象外です。

Q:認知症患者の独語は課税対象ですか。
A:本人認証デバイスが発話と判定した場合、対象です。

Q:死亡直前の発話について免除はありますか。
A:ありません。

Q:沈黙を他者へ譲渡できますか。
A:時間口座間の移転は認可事業者を通じて可能です。

Q:故人の未使用時間は相続できますか。
A:相続税の対象となります。


8. メール

2041年5月4日 01:19
差出人:佐倉灯
宛先:佐倉ミナ

件名:もしものために

ミナ。

これは予約送信にしてあります。
私が送信を止めなかったら、あなたに届きます。

怖がらせたらごめん。

最近、職場で発話時間を前借りしている人が増えています。
コールセンターの仕事だから、話さないと給料が出ません。
会社は「業務上必要な発話」と言って、時間を貸してくれます。
でも利息が高い。

十秒借りると、十二秒返す。
一分借りると、一分十二秒返す。
一日中話すと、翌月には何日分も消えます。

お母さんは少し借りました。

本当に少しです。

あなたの高校入学までは、ちゃんといるつもりです。
大学までは、できれば。
成人式までは、もっとできれば。

だけど、もし私の残り時間が短くなったら、声を惜しまないでほしい。
人は、最後に文字だけでは足りなくなることがあります。

あなたに言いたい言葉がたくさんあります。
でも今はまだ書けるから、書きます。

愛しています。

声に出さなくても、本当です。


9. 企業内通知

2041年5月20日 09:30
発信元:ユニヴォイス・サービス株式会社 人事部

従業員各位

来月より、業務効率改善のため「発話成果制」を導入します。

一時間あたりの売上貢献発話量が基準を下回る場合、沈黙怠業とみなされます。
なお、業務発話に使用した時間は従来通り各自の時間口座より消費されます。

当社は、社員一人ひとりの声が価値を生む社会を目指します。


10. 個人用時間口座 明細

2041年6月2日 00:00

口座名義:佐倉灯

前月残高:14日 06時間 12分 44秒
給与時間加算:30日 00時間 00分 00秒
生活基礎控除:-21日 00時間 00分 00秒
業務発話消費:-18日 11時間 09分 12秒
業務発話前借返済:-3日 04時間 20分 00秒
日常発話消費:-00日 00時間 02分 36秒
譲渡受取:00日 00時間 00分 00秒

現在残高:1日 14時間 40分 56秒

警告:残高が危険水域です。不要な発話を控えてください。


11. 佐倉ミナの日記

2041年6月2日 00:17

端末を見た。

お母さんの残りが、一日と少しだった。

私は台所に行った。
お母さんは椅子に座って、両手で口を押さえていた。
まるで、声が逃げないようにしてるみたいだった。

私は紙に書いた。

「会社やめて」

お母さんは首を横に振った。

「時間がないのに働いたら死んじゃう」

お母さんはペンを持った。
でも、書かなかった。

ずっと私を見ていた。

それから、口を開いた。

私は耳を塞いだ。
聞いたら、お母さんの時間が減る。
聞きたくない。
聞きたい。

お母さんは、私の手をそっと外した。

「ミナ」

名前だけだった。

一秒。

たった一秒で、私は崩れた。

お母さんの声は、まだお母さんだった。
ずっと聞いてなかったのに、ちゃんと分かった。


12. 音声記録

2041年6月3日 16:45
発話者:佐倉ミナ
録音場所:自室

「これ、練習です」

沈黙、十二秒。

「お母さんに言うことを、練習します」

呼吸音。

「お母さん、もう話さなくていいよ。私が話すから」

沈黙。

「違う。これだと、お母さんが悲しむ」

紙を破る音。

「お母さん、私の時間をあげます」

沈黙、二十秒。

「これも違う。怒られる」

小さな笑い声。
すぐに泣き声。

「お母さん、死なないで」

発話消費:3秒


13. 認可時間移転業者 申請控え

2041年6月4日 11:02

申請者:佐倉ミナ
年齢:17歳

移転希望時間:365日 00時間 00分 00秒
移転先:佐倉灯

審査結果:却下

理由:
未成年者による一年以上の時間移転は、保護者の同意を必要とします。

備考:
保護者本人が移転先である場合、利益相反により家庭裁判所の許可を必要とします。


14. 手紙

2041年6月4日 夜
差出人:佐倉ミナ
宛先:家庭裁判所 生活時間審判係

私は、母に時間を渡したいです。

母は私を育てるために声を使いました。
仕事で知らない人に謝って、説明して、なだめて、売って、また謝って、そのたびに時間を失いました。

母の声は商品じゃありません。
母の沈黙も商品じゃありません。

私は一年分を渡したいです。
一年くらいなら、私は黙って生きます。
学校でも家でも、文字でいいです。
友達はいなくなるかもしれないけど、母がいなくなるよりいいです。

母は同意しません。
だから裁判所にお願いします。

私の時間は私のものです。
母にあげることを許してください。

佐倉ミナ


15. 家庭裁判所 通知

2041年6月8日 13:00

申立人:佐倉ミナ

主文:
本件申立てを却下する。

理由:
未成年者の将来生活に著しい不利益を及ぼすおそれがあるため。

付言:
親族間の情愛に基づく時間移転は尊重されるべきであるが、制度の安定的運用の観点から、慎重な判断を要する。


16. 佐倉灯のメモ

2041年6月8日 22:33

ミナへ。

申請のこと、知りました。
怒っていません。
でも、二度としないで。

あなたの一年は、あなたが使いなさい。
誰かを呼ぶために。
好きな人に好きと言うために。
間違っていることに間違っていると言うために。

私はあなたから沈黙を奪いたくない。

母より

追記:
本当は、ありがとうって言いたい。
でも書きます。

ありがとう。


17. 匿名掲示板「無声区」投稿

2041年6月10日 02:11

スレッド:親が残り二時間切った

本文:
どうしたらいい。
話しかけたいけど、話しかけたら減る。
黙ってたら、何も言えないまま終わる。
制度作った人たちは、最後の会話をしたことがないんだと思う。

返信1:
筆談しろ。

返信2:
筆談じゃ足りないから書いてるんだろ。

返信3:
録音しとけ。声は残る。

返信4:
録音したって本人の時間は減る。

返信5:
うちは最後まで黙ってた。今でも後悔してる。

返信6:
うちは全部話した。三十分で死んだ。後悔してる。

返信7:
どっちも後悔する。


18. 音声記録 自動文字起こし

2041年6月11日 04:52
場所:佐倉家 台所

佐倉灯:
「ミナ」

佐倉ミナ:
「だめ」

佐倉灯:
「聞いて」

佐倉ミナ:
「だめ、お母さん、書いて、お願い、書いて」

佐倉灯:
「もう、手が震えて、うまく書けない」

椅子の音。
食器が触れる音。

佐倉ミナ:
「じゃあ私が読む。お母さんは頷いて」

佐倉灯:
「ミナ」

佐倉ミナ:
「やめて」

佐倉灯:
「生まれてきてくれて、ありがとう」

佐倉ミナ:
「やめてって言ってるでしょ」

佐倉灯:
「あなたの声を、もっと聞きたかった」

佐倉ミナ:
「私が話す、私が話すから」

佐倉灯:
「ごめんね」

佐倉ミナ:
「謝らないで」

佐倉灯:
「愛してる」

佐倉ミナ:
「私も、私も愛してる、お母さん、だから、お願い、もう黙って」

沈黙、九秒。

佐倉灯:
「おやすみ」

警告音。
残高不足通知音。
呼吸音。
椅子が倒れる音。

佐倉ミナ:
「お母さん?」

発話消費合計:佐倉灯 17秒
発話消費合計:佐倉ミナ 13秒


19. 死亡届 受理通知

2041年6月11日 09:20

死亡者:佐倉灯
死亡時刻:2041年6月11日 04:53
死亡事由:生活時間口座残高消尽

未使用発話記録:なし
相続可能時間:なし


20. 佐倉ミナの日記

2041年6月15日 21:00

葬式は静かだった。

みんな、口を開かなかった。
お坊さんも経を端末に表示した。
木魚の音だけが鳴った。

私は遺影の前で、何も言わなかった。

言いたいことはあった。
どうして。
置いていかないで。
お母さんのばか。
ありがとう。
ごめんなさい。
私も愛してる。

でも、言葉は喉のところで石になった。

帰り道、親戚のおばさんがメッセージを送ってきた。

「灯さんは最後に声を使えて幸せだったと思う」

私は返信しなかった。

幸せって、誰が決めるんだろう。


21. 市民生活局 記者会見 抜粋

2041年7月1日 12:00

記者:
「生活困窮者ほど発話を職業上強いられ、残高消尽に至る事例が増えています。制度設計に問題があるのでは」

局長:
「発話は個人の選択です。制度は公平に適用されています」

記者:
「沈黙できる者と、話さなければ生きられない者の格差については」

局長:
「質問の意図が不明です」

記者:
「では、局長ご自身の発話時間は公費負担ですか」

沈黙、四秒。

局長:
「次の質問を」


22. 未送信メール

2041年7月7日 00:03
差出人:佐倉ミナ
宛先:佐倉灯

件名:七夕

お母さん。

短冊に願いを書くなら、何て書いた?

私は「声が無料になりますように」って書いた。
子供っぽいかな。
でも本気。

最近、私はあまり話していません。
話す相手がいないからじゃなくて、話すとお母さんの最後の声が薄くなる気がするから。

「ミナ」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「愛してる」
「おやすみ」

毎日、頭の中で再生してる。
でも少しずつ変わってる気がする。
声が少し若くなったり、遠くなったり、私の声に似てきたりする。

記憶って、録音より不正確だね。
でも録音より残酷じゃないかもしれない。

録音は、何度聞いてもお母さんが死ぬから。


23. チラシ

2041年8月12日

声を取り戻す集会
「沈黙は同意ではない」

日時:8月15日 18:00
場所:都庁前広場

発話時間を持ち寄り、一斉に声を上げます。
一人一秒でも構いません。
声は消費されます。
しかし、消費されるからこそ、届くものがあります。

主催:沈黙通貨廃止連絡会

小さく印字された注意書き:
本集会における発話消費は自己責任です。
残高不足による死亡事故について、主催者は責任を負いません。


24. 佐倉ミナのメモ

2041年8月15日 17:40

行く。
話すかどうかは決めてない。

持ち時間:
942日 11時間 03分 08秒

お母さんに渡せなかった一年が、まだ残っている。


25. 音声記録 集会アーカイブ

2041年8月15日 18:00〜18:07
場所:都庁前広場

群衆の足音。
プラカードの擦れる音。
多数の端末通知音。

主催者:
「私たちは、沈黙を強いられた者の声です」

群衆:
「声を返せ」

別の声:
「時間を返せ」

警告音、多数。

群衆:
「声を返せ」

警告音。

群衆:
「時間を返せ」

警告音。

警備ドローン:
「公共安全条例に基づき、解散してください」

群衆:
「沈黙は同意じゃない」

警告音。

佐倉ミナと推定される声:
「母は、声で死にました」

周辺、沈黙。

佐倉ミナ:
「母は、私を愛してると言うために死にました」

風音。

佐倉ミナ:
「そんな世界を、私は許しません」

群衆:
「許さない」

佐倉ミナ:
「私の一年を、ここで使います」

周辺音声、ざわめき。
複数人の制止。

不明女性:
「やめて、あなたまだ若い」

佐倉ミナ:
「若いから言います」

沈黙、三秒。

佐倉ミナ:
「言葉は贅沢品じゃない」

群衆:
「言葉は贅沢品じゃない」

佐倉ミナ:
「愛は課税対象じゃない」

群衆:
「愛は課税対象じゃない」

佐倉ミナ:
「沈黙を売るな」

群衆:
「沈黙を売るな」

佐倉ミナ:
「声を返せ」

群衆:
「声を返せ」

記録中断。
原因:過負荷。


26. ニュース速報

2041年8月16日 07:10

昨夜、都庁前で行われた発話時間課税制度への抗議集会には、およそ三万人が参加しました。

参加者が一斉に発話したことで、周辺の時間口座処理システムに障害が発生。
一時的に発話消費が記録されない状態となりました。

市民生活局は「不正な発話逃れの疑いがある」として調査を開始しました。

一方、集会で発言した女子高校生の映像が拡散され、制度見直しを求める署名は一夜で二千万件を超えています。

映像の中で、少女はこう述べています。

「愛は課税対象じゃない」


27. 市民生活局 内部メール 流出文書

2041年8月20日 02:44

件名:佐倉ミナ対策

各位

対象者の発話影響力が想定を超えています。
直接拘束は世論反発の危険が高いため、以下を検討してください。

  1. 未成年者保護名目での発話制限
  2. 精神的動揺による判断能力欠如の認定
  3. 母親死亡事案の自己責任化
  4. 過去の時間移転申請を「不安定性」の証拠として利用

重要:
対象者に長時間発話の機会を与えないこと。
声は、残高以上の価値を持ち始めています。


28. 手紙

2041年8月22日
差出人:小田真理子
宛先:佐倉ミナ

佐倉さんへ。

学校は、あなたに登校自粛を求めています。
でも私は担任としてではなく、一人の大人としてこの手紙を書きます。

あなたの声を聞きました。
あなたのお母さんのことも、ニュースで知りました。

先生は、これまで授業で「適切な沈黙」を教えてきました。
本当は、自分でも変だと思っていました。
でも声に出せませんでした。
時間が惜しかったからではありません。
怖かったからです。

あなたは怖くなかったですか。
怖かったのに話したんですよね。

同封したカードに、私の時間を一時間移しました。
規則違反かもしれません。
でも、いつか必要になったら使ってください。

あなたの声を、失わせたくありません。

小田真理子


29. 時間移転通知

2041年8月23日 09:14

佐倉ミナ 様

以下の時間移転を受領しました。

送信者:匿名 381,002名
合計移転時間:52年 104日 03時間 18分 44秒

メッセージ一覧、一部抜粋:

「母に言えなかった分です」
「息子の最期に黙ってしまった分です」
「あなたが話してください」
「私はまだ怖いので、時間だけ送ります」
「一秒ですが受け取ってください」
「声を預けます」


30. 佐倉ミナの日記

2041年8月24日 23:59

知らない人たちから、時間が届いた。

五十二年。

数字を見ても、よく分からない。
誰かの一秒。誰かの一分。誰かの一日。
話せなかった言葉の集まり。

これを私が使っていいのかな。

お母さんなら何て言うだろう。

「あなたの一年は、あなたが使いなさい」

そう書いてた。

でもこれは、私だけの時間じゃない。
みんなの沈黙だ。
みんなが飲み込んだ言葉だ。

私は明日、記者会見に出る。

怖い。

声が震えると思う。
泣くかもしれない。
途中で何を言うか忘れるかもしれない。

でも、黙らない。

お母さん。
私、話すね。


31. 記者会見 書き起こし

2041年8月25日 15:00
発言者:佐倉ミナ

「佐倉ミナです」

「母は、佐倉灯といいます」

「母はコールセンターで働いていました。仕事で声を使い、時間を失いました。最後に私へ『愛してる』と言って、残高を使い切りました」

「制度は言います。発話は個人の選択だと」

「でも、働くために話す人がいます。謝るために話す人がいます。助けを呼ぶために話す人がいます。子どもを安心させるために話す人がいます」

「それは本当に、自由な選択ですか」

「沈黙できる人だけが長く生きる社会で、声を必要とする人から先に死んでいく。それを公平と呼ぶなら、公平という言葉はもう壊れています」

「私は、多くの人から時間を預かりました」

「これは寿命ではありません。これは証言です」

「話せなかった人たちの沈黙が、私の口から出ています」

「だから私は要求します」

「発話時間課税制度の即時停止」

「職業発話債務の無効化」

「残高消尽による死亡者の調査」

「そして、最後の言葉を有料にした責任の所在を明らかにしてください」

質疑応答。

記者:
「佐倉さん、あなたは今、何を一番伝えたいですか」

佐倉ミナ:
「母に」

沈黙、五秒。

佐倉ミナ:
「おやすみって言われたとき、私は返事をするのが遅れました」

沈黙、七秒。

佐倉ミナ:
「だから今、返します」

沈黙、二秒。

佐倉ミナ:
「おはよう、お母さん」

会場内、発話なし。
泣き声多数。
非課税。


32. 緊急政令

2041年8月26日 00:00

発話時間課税制度を一時停止する。
停止期間中、全発話は課税対象外とする。

制度再開時期は未定。


33. 街頭録音

2041年8月26日 00:01〜00:03
場所:新宿駅南口

沈黙、十秒。

誰か:
「本当に?」

別の誰か:
「減ってない」

笑い声。

女の声:
「もしもし、お母さん?」

男の声:
「好きです、ずっと好きでした」

子どもの声:
「パパ!」

老人の声:
「あー、あー、聞こえるか、俺の声」

多数の声。
判別不能。

泣き声。
笑い声。
歌。


34. 未送信メール

2041年8月26日 01:12
差出人:佐倉ミナ
宛先:佐倉灯

件名:無料になったよ

お母さん。

声が無料になったよ。
まだ一時停止だけど、みんな話してる。

外がうるさい。
こんなに世界ってうるさかったんだね。
少し怖い。
少し嬉しい。

私もさっき、窓を開けて言った。

「お母さん」

時間は減らなかった。

もう一回言った。

「お母さん」

やっぱり減らなかった。

なのに、涙が止まらなかった。

無料になっても、戻らないものがある。
だからたぶん、これからが始まりなんだと思う。

私は明日も話します。
お母さんのことを。
制度のことを。
黙って死んだ人のことを。
話して死んだ人のことを。

でも今だけは、娘として書きます。

お母さん。
おはよう。
おやすみ。
いってきます。
ただいま。
ありがとう。
ごめんね。
大好き。
愛してる。

全部、何度でも言える世界にしたかった。

遅くなって、ごめん。

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