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第一の語り手 —— 少女・あかり

私はその日、庭の桜の木の下で本を読んでいた。春の終わりのはずなのに、風が少し冷たかった。ページをめくっていると、突然空が紫色に変わった。時計の針が止まっているように見えた。隣の家のおじさんが、いつもと同じように自転車を押しながら通り過ぎたのに、顔がぼやけていて、誰なのかわからなかった。

次の瞬間、桜の花びらが一斉に散り、地面に積もった。けれどその花びらは、桜の色ではなく、冬の雪のように白かった。私は本を閉じて家に帰った。母は「よく読めた?」と聞いた。私は「うん」と答えた。でも、読んでいた本のタイトルが思い出せなかった。

第二の語り手 —— 会社員・田中

その日は残業が長引いた。帰宅したのは夜の十一時過ぎだったはずだ。電車の中で居眠りをして、目が覚めたら終点だった。ホームに誰もいなかった。改札を出ると、街灯がすべて消えていて、月だけが不自然に明るかった。

家に着くと、妻が「遅かったね」と普通に言った。カレーがまだ温かかった。私は「ありがとう」と食べた。翌朝、妻は「昨日は何時に帰ってきたの?」と聞いた。私は「十一時くらい」と答えた。妻は首をかしげて「十一時? 私は十時に寝たけど、玄関の鍵が開いていなかったわ」と言い、すぐに話題を変えた。私はその違和感を、疲れのせいだと思った。

第三の語り手 —— 写真家・佐々木

その日、私は公園でタイムラプスを撮っていた。春から夏への移り変わりを記録する予定だった。カメラをセットして三十分ほど経ったとき、突然レンズが曇った。拭いても曇りが取れない。仕方なく撮影を中断して帰宅した。

現像した写真を見て驚いた。空が紫色に写っていた。桜の木が一瞬で葉を落とし、白いものが地面に積もっている。隣を歩く人々の顔が、すべてぼやけていた。私はその写真をパソコンに取り込み、編集しようとした。ところが、ファイルを開いた瞬間、画面が真っ白になり、データが消えた。バックアップもなかった。

翌日、公園に行ってみた。桜は普通に咲いていた。白いものは落ちていなかった。私は同僚に「あの日の写真、見た?」と聞いた。同僚は「何の話?」と首を傾げた。私はその写真のことを、夢だと考えることにした。

第四の語り手 —— 老人・山田

私は毎朝、同じ道を散歩する。七十年来、変わらない道だ。その日も、いつものように杖をついて歩いていた。途中で、妙なことに気づいた。道端の花が、すべて同じ方向を向いていた。風も吹いていないのに、花びらが一斉に落ちた。

家に帰ってから、孫が遊びに来た。「おじいちゃん、今日も散歩したの?」と聞いた。私は「うん、いつもの道だよ」と答えた。孫は「でも、おじいちゃんの靴、泥だらけだよ」と笑った。私は靴を見下ろした。確かに泥がついていた。けれど、散歩した道に泥などなかったはずだ。私は「雨が降ったのかもしれない」と言い、すぐに忘れた。

第五の語り手 —— 私

私はこの記録を、毎年同じ日に書いている。日付はいつも五月三十一日だ。書いている内容は、毎年少しずつ違う。けれど、誰にも読まれたことがない。なぜなら、この原稿は書いた瞬間に、文字が薄れていくからだ。

今年も私は同じことを書いている。空が紫になったこと。時間が止まったこと。誰もそのことを覚えていないこと。そして、来年の五月三十一日、私はまた同じことを書き始めるだろう。

誰も覚えていない季節は、確かに存在する。けれど、それを語る声は、いつも消えていく。

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