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取引記録 #00417

商品名:ある夏の午後(祖母の家・蝉時雨つき)
出品者ID:amber_keep
ジャンル:追憶/温度・湿度データ完備
再生時間:14分22秒
初期価格:12,000クレジット
落札価格:47,500クレジット
取引ステータス:完了

出品者コメント:
もう会えない人がいる夏の記憶です。縁側の木の感触、麦茶の氷が溶ける音、すべて残っています。手放すのはつらいですが、私にはもう必要ありません。覚えていることが、痛いので。


購入者レビュー(商品 #00417)

★★★★★ buyer_tsuki
完璧でした。私には祖母がいなかった。だからこの夏を買いました。蝉の声で目が覚めて、誰かが「おかえり」と言ってくれる――その一言のために47,500払う価値、ありました。

★★★★☆ night_owl_22
温度の再現は素晴らしい。ただ「会えない人」の顔だけがぼかされている。出品者が意図的に消したのか、もともと曖昧なのか。星ひとつ減点。でも泣きました。

★★★☆☆ collector_x
正直、誰かの夏なんてどうでもいい。でも縁側の木目の質感だけは買う価値があった。職人技。


取引記録 #01203

商品名:初恋(未完・告白の直前で終了)
出品者ID:anonymous_seller
ジャンル:感情/高揚・心拍数上昇あり
再生時間:3分08秒
初期価格:80,000クレジット
落札価格:取引保留
取引ステータス:管理者により凍結

システム警告:
本商品は当人の同意なく抽出された疑いがあります。「初恋」の対象者が実在し、かつ抽出に同意していない場合、これは違法夢取引に該当します。出品者は身元確認のため当局へ出頭してください。


闇市場内部メッセージ(傍受ログ)

anonymous_seller → amber_keep
あんたの夏、よく売れてるな。

amber_keep → anonymous_seller
ええ。でも、変なんです。

amber_keep → anonymous_seller
売ったはずなのに、まだ蝉の声が聞こえる。麦茶の味も覚えてる。夢を手放したら、忘れられると思ったのに。

anonymous_seller → amber_keep
当然だ。俺たちが売ってるのは「夢」じゃない。

anonymous_seller → amber_keep
コピーだよ。原本は、抜けない。

amber_keep → anonymous_seller
じゃあ、買った人たちは。

anonymous_seller → amber_keep
他人の原本の、コピーのコピーを、自分の記憶だと思い込んでる。それだけだ。


再生ログ(商品 #00417 / 購入者 buyer_tsuki)

[00:00:00] 再生開始
[00:00:03] 視覚情報:天井(木目/薄暗い)
[00:00:07] 聴覚情報:蝉時雨 検出(音量 上昇中)
[00:00:12] 体感温度:31.4℃ / 湿度 78%
[00:00:15] 触覚情報:頬に畳の感触
[00:00:21] 嗅覚情報:線香/井戸水/古い木材
[00:00:30] 音声検出:「おかえり」(話者:女性・高齢・特定不可)
[00:00:34] 心拍数:上昇(安堵反応と判定)
[00:01:02] 視覚情報:縁側/庭/麦茶のグラス
[00:03:45] 異常検出:再生中のはずの購入者ID(buyer_tsuki)が
          “この記憶は自分のものだ”という確信反応を示しています。
[00:03:46] 警告:自己同一性の混濁を検知。
[00:03:47] 警告:購入者は本商品を「購入物」ではなく
          「自身の過去」として認識し始めています。
[00:14:22] 再生終了
[XX:XX:XX] 購入者ログアウト失敗。
          購入者の自己記録と本商品の境界が消失しました。

購入者サポート問い合わせ(buyer_tsuki より)

件名:自分の記憶が見つかりません

おかしなことを言うようですが、助けてください。
最近、自分の子供の頃の記憶を思い出そうとすると、知らない祖母の家ばかりが出てきます。蝉の声、麦茶、縁側。とても鮮明で、温かい。でもこれは、私が 買った 商品 #00417 の夏です。

では、私の本当の夏はどこへ行ったのでしょう。
私には、買う前の記憶が、もうありません。

自動応答:
お客様。当マーケットの利用規約第9条をご確認ください。
「購入した夢が、購入者自身の記憶と統合された場合、当該夢は購入者の人格の一部とみなされ、返品・抽出はできません」
なお、お客様の「本当の夏」につきましては——
出品履歴をご確認ください。


取引記録 #04891

商品名:見知らぬ街の、灰色の午後(出品者の幼少期)
出品者ID:buyer_tsuki
ジャンル:追憶/色彩データ・脱落多数/感情データ・希薄
再生時間:9分47秒
初期価格:500クレジット
落札価格:500クレジット
取引ステータス:完了
落札者ID:amber_keep

出品者コメント(buyer_tsuki):
価値はないと思います。色も薄いし、誰も「おかえり」と言ってくれない、ただ寒い午後の記憶です。でも、誰かが買ってくれるなら。これを手放せば、私はもっと身軽になれる気がするので。


再生ログ(商品 #04891 / 購入者 amber_keep)

[00:00:00] 再生開始
[00:00:04] 視覚情報:灰色の街並み(色彩データ 欠損率 62%)
[00:00:11] 聴覚情報:遠くの工事音/自分の足音
[00:00:19] 体感温度:8.1℃ / 風あり
[00:00:25] 音声検出:なし
[00:00:25] 感情データ:孤独(強度・中)
[00:02:33] 視覚情報:自販機の前に立つ子供(後ろ姿)
[00:02:40] ——待って。
[00:02:41] ——この子の後ろ姿を、わたしは知っている。
[00:02:44] 警告:購入者(amber_keep)の心拍数 急上昇。
[00:02:50] ——これは、わたしが探していた「本当の午後」だ。
[00:03:01] ——わたしは、自分の灰色の午後を、ずっと前に
          *誰かに売った*。だから蝉の夏しか残らなかった。
[00:03:02] ——買い戻したんだ。今になって、やっと。
[00:09:47] 再生終了

闇市場内部メッセージ(最終傍受ログ)

amber_keep → anonymous_seller
わかってしまった。

amber_keep → anonymous_seller
わたしが売った「祖母の家の夏」も、買い戻した「灰色の午後」も、最初からわたしのものじゃなかった。

amber_keep → anonymous_seller
わたしには、本当の記憶なんて、一つもない。全部、誰かが出品して、誰かが買って、また売られて、巡り巡って、わたしのところに来ただけ。

amber_keep → anonymous_seller
わたし自身が、商品なんだ。

anonymous_seller → amber_keep
今ごろ気づいたのか。

anonymous_seller → amber_keep
ここに来る人間は、みんなそうだ。記憶を売り買いしているうちに、自分が「誰の記憶を寄せ集めた存在なのか」わからなくなる。

amber_keep → anonymous_seller
じゃあ、あなたは。あなたは誰なんですか。

anonymous_seller → amber_keep
俺か。

anonymous_seller → amber_keep
俺は、ずっと昔に出品された商品さ。「闇市場を運営する謎の男」っていう、よくできた夢でね。誰かがそういう物語を見たくて、購入したんだ。

anonymous_seller → amber_keep
だから俺は、ここから出られない。買った人間が再生をやめるまで、何度でもこの台詞を繰り返す。


再生ログ(商品名:未登録 / 購入者:???)

[00:00:00] 再生開始
[XX:XX:XX] 視覚情報:取引記録の羅列
[XX:XX:XX] 聴覚情報:なし
[XX:XX:XX] ——あなたは今、これを「読んで」いると思っている。
[XX:XX:XX] ——蝉の夏のことを、少し切なく感じたはずだ。
[XX:XX:XX] ——灰色の午後の寒さも、なんとなく覚えがある気がしたはずだ。
[XX:XX:XX] 警告:購入者の自己同一性 混濁を検知。
[XX:XX:XX] ——それはあなたが、これを「物語」だと思って
          購入したからだ。
[XX:XX:XX] ——そう。この物語そのものが、商品 #00417 から
          連なる、長い長い夢の連鎖の、いちばん新しい一枚だ。
[XX:XX:XX] ——わたしは語り手。
[XX:XX:XX] ——そしてわたしもまた、ずっと昔に
          *誰かに買われた夢*。
[XX:XX:XX] ——あなたが読み終えたら、わたしの再生も終わる。
[XX:XX:XX] ——どうか、星をつけてください。
[XX:XX:XX] ——そうすれば、わたしはまた、誰かに売られて、
          別の誰かの記憶の中で、もう一度。
[XX:XX:XX] 再生終了予定……あなた次第。

購入者レビュー(商品名:未登録)

★★★★★ あなた
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