1. 駅構内放送(12:00)
「――ピンポンパンポン。
お客様にご案内いたします。本日も、当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
当駅は終着駅であり、始発駅です。すべての電車のドアは左右両側が開きますが、お降りのお客様はそのままホームにお留まりください。
なお、当駅からは定期便の運行はございません。お帰りの列車をご希望のお客様は、ご自身の『お持ち込み品』をご確認の上、しかるべき改札口までお越しください。
繰り返し、お客様にお願いいたします。ホームの端は大変危険ですので、線路内に身を乗り出したり、他のお客様の影を踏みつけたりしないよう、十分にご注意ください」
2. 忘れ物台帳(抜粋:管理番号 0409〜0412)
| 管理番号 | 受付日時 | 品名 | 特徴・状態 | 保管場所 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0409 | 4月9日 | 片方だけの革靴(右) | ブランド不明。黒。踵が激しく摩耗している。 | 倉庫B-4 | 持ち主自称の男、サイズが合わないと主張。 |
| 0410 | 4月12日 | スマートフォン | 画面が蜘蛛の巣状に割れている。充電は1%のまま減らない。 | 窓口金庫 | 通知が「1件」と表示され続けているが、開けない。 |
| 0411 | 4月15日 | 鍵束 | 真鍮製のリングに3本の鍵。うち1本は大きく曲がっている。 | 倉庫A-1 | 触ると微かに踏切の警報音が聞こえる。 |
| 0412 | 4月20日 | 破れた履歴書 | 顔写真部分が爪で剥ぎ取られている。水濡れ跡あり。 | 倉庫C-2 | 住所・氏名欄は文字が滲んで読めない。 |
3. 乗客インタビュー(ケース1:30代男性・スーツ姿)
インタビュアー(駅員)「それでは、こちらにお名前をご記入いただけますか」
男性「……書けないんですよ。いや、ペンはあるし、手も動く。だけど、自分の名前の最後の漢字が、どうしても思い出せない。喉の奥に引っかかっているみたいで。私は確かに、会社からの帰りに、いつもの電車の吊り革を掴んでいたはずなんです。気がついたら、ここのベンチに座っていました。スーツを着ているから、仕事帰りなのは間違いないんですが」
インタビュアー「ここに来られてから、どれくらい経ちますか?」
男性「時計が動かないので正確には分かりませんが、体感ではもう三ヶ月くらいでしょうか。お腹も空かないし、眠くもならない。ただ、耳の奥でずっと、誰かが私の名前を呼んでいるような、雑音が聞こえるんです」
インタビュアー「お帰りの列車について、何か情報は得られましたか?」
男性「ホームの掲示板を見ました。『切符は不要。ただし、受領証が必要』と書いてありました。その受領証というのが何なのか、誰も教えてくれない。駅員さん、あなたなら知っているでしょう? 私は帰りたいんだ。妻も、子供も待っているはずだ。私の名前は……そうだ、確か『タカシ』だった気がする。いや、違うか……」
4. 監視カメラ映像の書き起こし(記録番号:CAM-032 / 発生時刻:不明)
【映像説明】
ホーム3番線。光源のない天井から、ぼんやりとした薄緑色の光が差し込んでいる。ベンチには数人の人影。全員、うつむいて微動だにしない。
画面中央、線路の向こう側の闇を見つめる一人の女性(推定20代、トレンチコート着用)。
【音声ログ】
- 00:12 (遠くでキーンという金属質な摩擦音)
- 00:45 女性「(独り言)どうして誰も、私を探してくれないの」
- 01:02 (ホームに設置された自動販売機が、コインを投入していないのにガタガタと小刻みに揺れ始める)
- 01:30 女性「ここにいる人はみんな、置いていかれた人ばかり。私もそう。あの部屋の、敷金礼金は誰が払うんだろう。私の飼っていた猫は、誰がエサをあげるんだろう」
- 01:55 (突如、スピーカーから激しいハウリング音)
- 02:10 放送の声『――次は、未解決。次は、捜索願い。お降りのお客様は、ご自身の記憶をお忘れなきよう――』
- 02:30 女性、耳を塞いでその場にしゃがみ込む。線路の奥から、ライトのない列車がゆっくりと入線してくる。列車の側面には窓がなく、ただ黒い鉄板で覆われている。
5. 駅構内放送(16:00)
「――ピンポンパンポン。
お客様にお知らせいたします。
ただいま、2番線にお帰りの列車『上り・急行』が到着いたしました。
この列車は、現世において『未練の整理』が完了し、かつ『探されている実体』をお持ちのお客様のみご乗車いただけます。
ご乗車のお客様は、駅事務室にて発行いたします『捜索届の写し』、または『誰かの涙で濡れた遺品』をご提示ください。
それらをお持ちでないお客様がご乗車された場合、車両の質量制限を超過するため、途中の『忘却の淵』にて強制下車となりますのでご注意ください」
6. 忘れ物台帳(抜粋:管理番号 0501〜0503)
| 管理番号 | 受付日時 | 品名 | 特徴・状態 | 保管場所 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0501 | 5月1日 | 幼児用の黄色い長靴(左) | 泥汚れあり。内側に「ゆうと」とマジックで書かれている。 | 窓口カウンター上 | 毎日、17時になると中から水が溢れ出る。 |
| 0502 | 5月3日 | 犬の首輪 | 赤い革製。迷子札には「ハチ」と刻印。ちぎれた跡がある。 | 倉庫B-1 | 駅構内を徘徊する「影」が、時折この前に佇む。 |
| 0503 | 5月7日 | 遺書らしきメモ | 「ごめんなさい」と一行だけ書かれている。破り取られたノートの切れ端。 | 窓口金庫 | 触ると指先が氷のように冷たくなる。 |
7. 乗客インタビュー(ケース2:10代女性・制服姿)
インタビュアー「お持ちのそのカバン、ずいぶん汚れていますね」
少女「うん。私、学校の帰りに、友達と喧嘩して。頭がカッカして、携帯も見ないで、赤信号の横断歩道を走って渡っちゃったの。キキーッて音がして、それから、気づいたらここにいた。このスクールバッグ、あの時持ってたやつ。中には教科書と、友達とお揃いのキーホルダーが入ってる」
インタビュアー「お友達の名前は覚えていますか?」
少女「……サキ。サキちゃん。私、ひどいこと言っちゃったんだ。『あんたなんて、いなくなればいい』って。でも、本当はそんなこと思ってなかった。謝りたい。どうしても謝りたい。でも、ここから出る方法がわからないの」
インタビュアー「帰るための列車の条件について、何か聞きましたか?」
少女「さっき、駅員さんみたいな人が言ってた。ここを走る列車に乗るには、『向こう側の世界で、自分のための席がまだ空いていること』が必要なんだって。私の部屋、お母さん、もう片付けちゃったかな。私の机、もうないのかな。もし、私の場所がもうどこにもなかったら、私は一生、この駅のベンチで、あの夕焼けみたいな照明を見て過ごすのかな」
インタビュアー「それは、あなたを今も探している人がいるかどうかに、かかっています」
少女「探して……くれてるかな。私は、ただのワガママで、勝手に飛び出しただけなのに」
8. 監視カメラ映像の書き起こし(記録番号:CAM-045 / 発生時刻:不明)
【映像説明】
1番線ホーム。静寂の中、スピーカーからかすかに「家族の呼びかけ」のような音声が混入している。
ベンチに座る老人が、懐から古びた手帳を取り出し、何度も同じページをめくっている。
【音声ログ】
- 00:05 (ざわざわという風の音のようなノイズ)
- 00:20 老人「(掠れた声で)娘の、結婚式だった。私は、タキシードを着るのが嫌で、ついふらふらと、散歩に出たんだ。認知症のせいにして、すべてから逃げ出したかったのかもしれん。だが、本当に忘れてしまうとはな」
- 00:50 (老人の手元にある手帳が、わずかに発光し始める)
- 01:15 老人「おや、文字が読める。……読めるぞ。『お父さん、どこにいるの』と書いてある。これは、娘の字だ。私が書いたんじゃない。向こうから、文字が浮き出てきおった」
- 01:40 (背後の壁に、黒い手のひらの跡が多数浮かび上がり、すぐに消える)
- 02:00 スピーカーからの音声『間もなく、1番線に、折り返し普通列車が参ります。この列車は、生存証明のお持ちのお客様専用です。お近くの未練をお捨ての上、黄色い線の内側でお待ちください』
- 02:15 老人が立ち上がる。その足元から、長い「影」が伸びて、線路の向こう側へと繋がっていく。
9. 乗客インタビュー(ケース3:70代男性・作業着姿)
インタビュアー「あなたはこの駅にずいぶん長くおられますね」
老人「ああ。もう何年になるかね。最初は焦って、線路に飛び降りて元の世界に戻ろうとしたやつもいたが、みんな途中の闇に吸い込まれて消えちまった。ここは『見失われた者』の吹き溜まりさ」
インタビュアー「帰る列車に乗れた人を、見たことがありますか?」
老人「何人かな。彼らには共通点があったよ。まず、自分の名前をはっきりと思い出すこと。それから、自分が『なぜ、どうやって失踪したか』を、誤魔化さずに受け入れることだ。事件に巻き込まれたのか、自ら命を絶とうとしたのか、あるいは認知症で彷徨い出たのか。それを完全に自覚すること」
インタビュアー「それだけで乗れるのですか?」
老人「いいや、それだけじゃ足りねえ。一番大事なのはな、『向こう側の世界に、自分を呼び戻すための強い磁石』があるかどうかだ。警察の捜索願じゃない。形式的な書類じゃダメなんだ。家族や友人が、そいつの帰りを心から信じて、毎日その名前を呼んで、そいつの靴や、そいつの使っていたコップを片付けずに残していること。その『執着』が、ここの駅では『乗車券』の代わりになる」
インタビュアー「では、誰にも探されていない人は?」
老人「……そういう奴らは、駅の『忘れ物』になるのさ。名前も消えて、ただの持ち物だけが台帳に残り、本人はいずれ駅の壁やベンチの模様と同化していく。ほら、そこにある自販機の影を見てみな。人の形をしたシミがあるだろう? あれも昔、ここに来た誰かさ」
10. 駅構内放送(18:30)
「――ピンポンパンポン。
本日最後の、お帰りの列車のご案内をいたします。
18時45分発、『上り・特急・現実行き』が3番線に入線いたします。
本日に限り、以下の条件を満たしているお客様のみ、ご乗車を許可いたします。
一、ご自身のフルネームを漢字で正しく署名できること。
二、現世において、警察またはご家族により『行方不明者届』が現在も有効に受理されていること。
三、本日、現世において、あなたを想って涙を流した人間が1名以上存在すること。
上記の条件を満たしているお客様は、ホームに近づく列車の『窓に映る自分の顔』をご確認ください。もし窓に自分の顔が映らない場合は、まだお迎えの準備が整っておりません。無理に乗車されますと、存在そのものが霧散いたしますのでご注意ください」
11. 監視カメラ映像の書き起こし(記録番号:CAM-099 / 発生時刻:不明)
【映像説明】
3番線ホーム。強烈な突風が吹き荒れ、乗客たちの衣服を揺らしている。
ケース2の制服姿の少女が、線路の前に立っている。彼女の手には、泥だらけのスクールバッグ。
列車の前照灯が、ホームの端を白く照らし出す。列車がゆっくりと滑り込んでくる。
【音声ログ】
- 00:10 少女「(涙声で)お母さん……サキちゃん……。私、ここにいるよ」
- 00:25 (列車が停止。ドアが開く。車内は真っ白な光で満たされており、中の様子は見えない)
- 00:35 少女、列車の窓を覗き込む。窓ガラスに、微かに彼女の顔が反射して映る。それは、こちらの世界での半透明な姿ではなく、血の通った、泣き出しそうな少女の顔だった。
- 00:50 (カバンの中から、チリン、と鈴の音が響く。向こう側の世界で、誰かが同じキーホルダーを握りしめたかのように)
- 01:05 少女「……映った。私、まだ、忘れられてない。まだ、私の席がある」
- 01:20 少女が一歩を踏み出し、光り輝く車内へと入っていく。彼女の体が光の中に溶けるように消える。
- 01:35 (ドアが閉まる音。滑らかな加速音と共に、列車が発車する)
- 02:00 少女が立っていた場所に、一つのキーホルダーだけが落ちている。
- 02:15 (スピーカーから、静かな駅員のノイズ混じりの声)
- 02:30 放送の声『――ご乗車、ありがとうございました。どなた様も、お忘れ物のないよう、ご自身の命をお持ち帰りください』
- 02:50 (映像はノイズに包まれ、静止画となる)