【構内放送 ―― 録音記録 No.001】
『……ご案内申し上げます。当駅、影待(かげまち)駅にお越しのお客様。当駅は、終着駅でございます。これより先の路線はございません。お降りの際は、お忘れ物のないようご注意ください』
『なお、上り「帰還(きかん)行き」列車のご利用には、所定の条件がございます。条件を満たされていないお客様は、ホームでお待ちいただいても、列車にご乗車いただけません。あらかじめご了承くださいませ』
『繰り返します。当駅は、終着駅でございます――』
【影待駅 忘れ物台帳 ―― 抜粋】
| 日付 | 品名 | 拾得場所 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ―― | 子供用の赤い長靴(片方) | 3番ホーム ベンチ下 | 持ち主、まだ来ない |
| ―― | 結婚指輪(内側に「H to M」の刻印) | 改札横 公衆電話 | 受話器が外れたまま |
| ―― | ランドセル(黄色いカバー付き) | 待合室 | 中に夏休みの宿題。8月31日付 |
| ―― | 老眼鏡 | 1番ホーム | レンズに涙の跡。乾いている |
| ―― | 携帯電話(電源入らず) | 線路脇 | 不在着信 248件 |
| ―― | 退職願(宛名空白、印鑑のみ) | トイレ | 紙が湿っている |
※当駅の忘れ物は、持ち主が「思い出した」時点で自然と消滅する。
※消滅しない忘れ物の持ち主は、まだ自分が何を忘れたかを思い出していない。
【乗客インタビュー 001 ―― 中年男性・スーツ姿】
「いつから、ここに?……さあ。気がついたら、このホームのベンチに座ってたんですよ。最初は終電を逃しただけだと思ってた。でも、時計を見ても針が動かない。スマホの電源も入らない。
外? 出ようとしましたよ、もちろん。でも改札を出ると、また同じホームに戻ってくる。何度やっても同じだ。
ああ、放送ですか。『帰還行き』。何度も聞きました。でも、あの列車、僕には乗れないんです。ドアが開かない。ガラスに自分の顔が映るだけでね。
……家? 家には、たぶん誰も僕を待ってない。残業ばかりで、ろくに帰ってなかったから。あの日も、終電で帰るつもりだった。妻に『今日は早く帰る』ってメールして、そのまま――
いや、なんでもないです。忘れてください」
【監視カメラ 書き起こし ―― 3番ホーム 深夜帯】
[00:00:00] ホーム無人。蛍光灯、一定間隔で明滅。
[00:14:32] 中年男性(スーツ)、ベンチに着席。動かず。
[00:47:11] 「帰還行き」列車、入線。ドア開放。
[00:47:13] 男性、列車に近づく。両手でドアに触れるが、ガラス越しに反発するように後退。
[00:47:40] 列車、発車。男性、ベンチに戻る。同じ姿勢。
[00:47:41] ――以降、[00:14:32] のシーンへ巻き戻り。同一映像のループを確認。
※注記:当駅監視カメラは、乗客の「思い出していない記憶」を映せない。映像が巻き戻る乗客は、まだ過去に囚われている。
【構内放送 ―― 録音記録 No.012】
『ご案内申し上げます。「帰還行き」列車のご乗車条件について、改めてご説明いたします』
『第一に、ご自身が「何を忘れてここへ来たのか」を、思い出していただく必要がございます』
『多くのお客様は、何かを置き去りにしてこの駅へいらっしゃいました。果たせなかった約束、言えなかった言葉、見ないふりをした想い――それらを思い出さない限り、列車のドアは開きません』
『繰り返します。忘れ物を、お引き取りください』
【乗客インタビュー 002 ―― 老女・和装】
「あたしはね、もう長いことここにいるよ。何十年かしらね。
待ってるのよ、息子を。あの子は戦争に行ったきり帰ってこなくてね。だからあたしは、駅で待つことにしたの。いつか帰ってくる列車があるはずだって。
『帰還行き』? ええ、乗れるわよ、あたしは。条件は満たしてるもの。でも乗らないの。
だって、乗ったら――もう待てなくなるでしょう。あの列車は、上りなのよ。生きてる人たちのところへ帰る列車。でもあたしが帰ったって、もうあの家には誰もいない。あの子はもう、帰ってこない。
それくらい、本当はわかってるの。わかってるけど、思い出として『待つこと』をやめたくないのよ。
あなた、若いのね。早くお帰りなさい。忘れ物を思い出してね。それがいちばん難しいんだから」
【影待駅 忘れ物台帳 ―― 続き】
| 日付 | 品名 | 拾得場所 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ―― | スーツの内ポケットの手紙 | 3番ホーム ベンチ | 妻あて。「ごめん。本当はずっと、君と娘の顔が見たかった」 |
※新規記録。先の中年男性(スーツ姿)の忘れ物と推定。
※本人、まだ気づいていない。
【監視カメラ 書き起こし ―― 3番ホーム】
[--:--:--] 中年男性、ベンチで上着の内ポケットに手を入れる。封筒を取り出す。
[--:--:--] 男性、手紙を読む。肩が震える。
[--:--:--] 男性、立ち上がる。映像の巻き戻りが――停止。
[--:--:--] 「帰還行き」列車、入線。ドア開放。
[--:--:--] 男性、列車に近づく。今度はガラスに反発されず、ドアの内側へ。
[--:--:--] 男性、振り返り、ホームに向かって深く一礼。
[--:--:--] ドア閉鎖。列車発車。
※男性の忘れ物(手紙)、台帳より自然消滅を確認。
【構内放送 ―― 録音記録 No.013】
『お客様にお知らせいたします。ただいま、お一人のお客様が「帰還行き」列車にご乗車になりました』
『あの方は、ご自身の本当の想いを思い出されました。忘れていたのではなく――思い出すのが、怖かっただけなのです』
『当駅にお越しのみなさまへ。あなたがここにいるのは、罰ではございません。あなたは、まだ誰かに、何かを、伝えたいだけなのです』
『どうか、思い出してください。あなたが、何を忘れてここへ来たのかを』
【乗客インタビュー 003 ―― インタビュアー本人の独白】
実を言うと、私もこの駅の住人だ。
いつからここで、人々に話を聞いているのか、もう覚えていない。私は誰かが帰っていくのを見送り、新しくやってくる人を出迎え、台帳をつけ、放送を流す。
なぜそんなことをしているのか。理由は、ずっと思い出せなかった。
でも今日、あの老女に言われたのだ。「あなた、ずいぶん長くここにいるのね。あなたも誰かを待ってるの? それとも――誰かに、待たれてるの?」
待たれている。
その言葉が、胸の奥の固い扉をこじ開けた。
私は思い出した。私には娘がいた。小さな娘が。私はこの駅で、迎えに来た娘の手を、確かに握ったのだ。あの日、雪の降る日。私は娘を連れて帰ろうとして――列車に乗り遅れた。娘だけが先に行ってしまった。
いや、違う。先に行ったのは、私のほうだ。
私は事故で、ここへ来た。娘は無事だった。今もきっと、向こうの世界で、私の帰りを待っている。
私が放送を流し続けていたのは、自分自身に言い聞かせるためだったのだ。「思い出してください」と。
【影待駅 忘れ物台帳 ―― 最終記録】
| 日付 | 品名 | 拾得場所 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 本日 | 子供用の赤い長靴(片方) | 駅長室 | もう片方を、ずっと探していた |
※持ち主、判明。当駅勤務者本人。
※娘が雪の日に片方をなくし、本人が「いつか見つけてあげる」と約束した品。
※約束を、思い出した。
【監視カメラ 書き起こし ―― 改札前・最終】
[終] 駅員の制服を着た人物、赤い長靴を片手に握りしめ、改札を抜ける。
[終] 「帰還行き」列車、入線。
[終] ドア開放。人物、ためらいなく乗車。
[終] 窓の外、ホームに残る老女が手を振っている。人物も手を振り返す。
[終] ドア閉鎖。発車。
[終] 以降、当駅の構内放送は、新しい声に引き継がれる。
【構内放送 ―― 録音記録 No.001(リプライズ)】
『……ご案内申し上げます。当駅、影待駅にお越しのお客様』
『当駅は、終着駅であり――そして、始発駅でもございます』
『あなたが何かを思い出したとき、上りの列車は必ず来ます。それまで、どうぞごゆっくり。忘れ物は、いつでもお引き取りいただけます』
『繰り返します。あなたは、忘れられてなどいません。あなたが、まだ、思い出していないだけなのです――』
『どうか、よいご旅行を』
――了