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白い。すべてが白い。規則正しい。グリッド。正方形の天井の、あの、角のところ、小さな染み。茶色い。あれは、ウァラ(雨漏りの乾いた跡)だ。いや、ウァラじゃない。標準語では何と言うのだったか。シミ。そう、シミ。あまりに平坦で、乾いていて、味気ない響き。シミ。私の口からこぼれ落ちる前に、唾液に溶けて消えてしまう。プラスチックの匂い。アルコール。ツンとする。だれかが私の手首を掴んでいる。冷たい、指。細い。ナース。彼女の名前は、何だったか。サトウ、サキ、スズキ。サ、で始まる。サ、サ、サ。サは、私たちの言葉では「風が砂丘を滑り落ちるときの、あの、かすかな、しかし耳の奥に残る摩擦音」を指す。彼女の指先はサではない。もっと、つるつるとした、川の小石。磨かれた、ガラス。

「脈を測りますね」

彼女の唇が動く。日本語。平らな言葉。一枚の紙のように薄くて、どこまでも遠くへ、効率よく滑っていく言葉。記号。私はそれを理解できる。義務教育。ラジオ。テレビ。私の脳の左半分は、その薄い紙で綺麗にラミネートされている。でも、右半分は? 泥。深い、黒い泥。いや、泥ではない。シウ(川の底に沈んだ、半ば腐りかけたブナの葉の層)。シウ。そこに指を突き立てると、冷たくて、生温かくて、千年前の雨の匂いがする。

シウ・ル。水に溶ける葉。または、声にならない言葉。

私の喉が鳴る。ゴロゴロ、と。まるで古い猫のように。彼女は微笑む。私の顔を見て、おじいちゃん、苦しくないですか、と訊く。おじいちゃん。私は誰のおじいちゃんでもない。私は、クル。クルの、最後の一人。クルとは「山の斜面に自生する、赤い実をつけるが渋くて食べられない、しかし根を煎じると熱が下がる、あの低木」のこと。そして、それを名に持つ私。私の中にしか、もうクルはいない。私の心臓が止まるとき、あの赤い実は、ただの「同定不能の雑木」になる。名前を失い、世界から脱落する。剥がれ落ちる。ポロポロと。

外は、雨。ルミ。

いや、違う。ルミではない。ルミは「夕暮れ時に、西風を伴って、大粒だがまばらに、土の匂いを強烈に引き立てるように降る、三分間で止む雨」だ。いま降っているのは、ただの雨。コンクリートを濡らす、無機質な、どこまでも均一な、気象予報士が「降水確率%」と呼ぶアレだ。世界がどんどん、大雑把な箱に詰め込まれていく。整理整頓されていく。引き出しにラベルが貼られる。

「雨」「風」「草」「老人」。

そんな大雑把な言葉で、どうして世界を愛せるだろう。

私の母は、私を「アキ」と呼んだ。アキ、アキ、ヌム・テ(アキ、起きて、ヴァカが山を越えるよ)。

ヴァカ。太陽。東の空から昇る、ただの光る球体ではない。ヴァカは「夜の間、大地の底で凍えていた精霊たちが、一斉に目覚めて吐き出す、最初の黄金色の息吹」のこと。だから、ヴァカを仰ぐとき、私たちは必ず手のひらを上に向けて、少しだけ指を曲げなければならなかった。光を掬い取るように。

いま、私の手は、白いシーツの上で、硬直している。指先は曲がっているが、それは精霊の息吹を掬うためではなく、関節炎のせいだ。曲がった指。カサカサの皮膚。

窓。ガラスの向こう。

灰色のビル。規則正しい四角。

あそこに住む人々は、みんな標準語を話す。スマートフォンを凝視して、親指を滑らせて、言葉を消費している。彼らの言葉は軽い。空気抵抗がまるでない。だから、すぐに消える。いや、消えない。デジタルの中に、化石のように、冷たく固まったまま残る。

私たちの言葉は、違った。話した瞬間に、空気の中に溶けて、消えた。だからこそ、神聖だった。耳から耳へ、体温とともに渡される、温かいパンのようだった。

最後に、そのパンを食べたのは、いつだったか。

タロ。

タロが死んだのは、三年前の、あの、トコ(乾いた北風が、森の梢を鳴らさずに、地面の枯れ葉だけを執拗に転がす季節)だった。

タロ。私よりも五歳若かった。彼と私は、週に一度、あの古びた公民館の隅で、お茶を飲みながら、クル語で話した。話す内容は、他愛のないことばかりだった。今年のジャガイモの出来。腰の痛み。昔、あの川で捕まえた大きな魚。

でも、私たちはクル語で話さなければならなかった。なぜなら、あの魚の「青緑色に光る、ウロコの、その中央にある、小さな黒い斑点」を表す言葉は、日本語にはないからだ。それを私たちは「ニリ・カ」と呼んだ。ニリ・カ。それを口にするとき、私たちの口内には、あの冷たい川の水の、少し苦い苔の味が蘇った。

タロが死んだ日。

私は、病院のロビーで、一人で「ニリ・カ」と呟いた。

誰も振り返らなかった。

その瞬間、ニリ・カは、この宇宙から消滅した。

学者がノートに書き留めたとしても、それは標本だ。ピンで留められた、死んだ蝶だ。もう、川の冷たさも、苔の苦みも、そこにはない。

いま、私の番だ。

最後の一葉。ル。

私の頭の中で、言葉たちが、追いかけっこをしている。

チカ(小さな、小走りに動く野ネズミ)。

モポ(薪を燃やしたときに、最後に残る、くすぶる灰の、一番温かい部分)。

ケレレ(子供が、嘘をつくときに、どうしても動いてしまう右の眉毛)。

これらは全部、私の脳の、この、いまにも切れそうな細いニューロンの隙間に引っかかっている。

私が息を引き取るとき、これらはどこへ行くのか。

空気中に放出されて、窓から出て、あの灰色のビルの間を通り抜けて、そのまま宇宙のゴミになるのか。

それとも、私の肉体と一緒に、火葬場の煙突から、灰色の煙となって消えるのか。

「おじいちゃん、お薬飲みましょうね。ゴックン、できますか」

薬。丸くて、白い、二つの錠剤。

手のひらに載せられる。

これは、ヌム・テ(夜の静寂をもたらす丸い石)ではない。ただの、化学物質。

ゴックン。

喉を通る。ざらざらしている。

私の喉の奥には、まだいくつかの言葉が、引っかかって、出たがっている。

出せ。出しなさい。

母の声。

でも、誰に?

この看護師に?

彼女に「チカ」と言ったら、彼女は優しく微笑んで「チカちゃんですか? 可愛いお名前ですね、お孫さんですか?」と言うだろう。

違う。それは野ネズミだ。いや、野ネズミという種そのものではなく、あの、秋の初めに、刈り残された麦の茎の間を、せかせかと動き回る、あの特定の、命の気配のことだ。

説明できない。

日本語で説明しようとすると、言葉がどんどん増えて、薄まって、本質から遠ざかっていく。

水に、インクを一滴落としたように、最初は鮮やかだった青が、どんどん広がって、最後には、ただの、濁った、薄汚い灰色になってしまう。

クル語なら、一言で済んだ。

「チカ」。

それだけで、あの黄金色の麦畑と、冷え始めた風と、小さな心臓の鼓動が、すべて、一瞬で、相手の胸に飛び込んだのに。

頭が、重い。

意識が、ゆっくりと、回っている。自転している。

シウ・ル。

水に溶ける葉。

私は、溶けかけている。

私の皮膚の境界線が、この白いシーツと、プラスチックのチューブと、濁った空気の中に、じわじわと滲み出していく。

感覚が、ばらばらになる。

耳元で、トントン、と音がする。

時計の針。

いや、違う。これは、ウピ(森のキツツキが、枯れ木を叩く、あの、乾いた、しかし森全体に響き渡る音)。

ウピ。ウピ。ウピ。

まだ、森はそこにあるのか。

あの、木々が生い茂り、湿った土が匂い、名もなき虫たちが、それぞれの、複雑な、しかし完璧な名前で呼ばれていた、あの森は。

「あ、血圧が少し下がってますね。先生呼びます」

彼女の足音が、遠ざかる。

サ、サ、サ。

違う。キュッ、キュッ。プラスチックの床。

私は、一人。

静かだ。

ヌム。

本当の、ヌムが来る。

静寂。いや、ただの静寂ではない。

「すべての生き物が、それぞれの住処に帰り、息をひそめ、大地の鼓動だけが、耳の奥で、かすかに、しかし確かに聞こえる、あの、深く、圧倒的な、畏怖を伴う夜」。

それが、ヌム。

私は、息を吸う。

胸が、波打つ。

言葉が、喉まで上がってくる。

それは、どれだ。

チカか。ヴァカか。ルミか。

いや。

「シウ・ル」。

水に溶ける葉。

私は、それを、声に出さずに、ただ、心の中で、そのシラブルを、正しく、発音する。

舌の位置。空気の抜け方。唇の震え。

完璧だ。

誰も聞いていないけれど。

私は、私の言葉を、最後に、私自身に、聞かせる。

水の中に、葉が落ちる。

ゆっくりと、沈んでいく。

輪郭が、ぼやけていく。

葉脈だけが、最後まで、きらきらと光っている。

それも、やがて、水と同化して、見えなくなる。

でも、水は、確かに、その葉を、吸い込んだのだ。

この世界は、私の言葉を、吸い込んだのだ。

消えたのではない。

世界そのものの中に、溶けて、見えなくなっただけだ。

そうだろう。

そうに違いない。

ヌム。

深く。

冷たく。

美しい、ヌム。

私は、目を、閉じる。

最後の、ルが、溶けていく。

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