最終章 —「届けられた、最後の手紙」—

 朝焼けの淡い光が、古びた郵便局の入口を照らしている。カウンターには一通の厚い封筒。表には美しい万年筆の文字で、
「東雲杏子様」
と記されている。
 杏子は両手でその手紙を受け取った。切手は古く、消印は読みづらい。けれど送り主の名は、涙の霞越しにも鮮やかに浮かぶ。
「御影優」
 亡くなったはずの彼からの手紙が、杏子の前に届いたのだ。
 手紙は慎重に開封された。中には数枚の便箋と、一枚の写真。楽しかった大学時代、笑う二人がそこにいる。
 便箋には、最後の言葉が続いていた。
「杏子へ。君があの日忘れた言葉を、どうしても伝えたかった。遅れてごめん。あの日、僕は——」
 夢と現実の境が淡く滲む。その瞬間、杏子は気づく。この手紙は普通のルートで届けられたものではない。誰が、どんな思いで——。
 ふいに呼び鈴が鳴り、ユニフォーム姿の青年がひょこっと顔を出す。
「これで、本当に最後です」
 彼——最後の手紙配達人は、静かに敬礼し、踵を返した。
 杏子は嗚咽をこらえながら、手紙を抱きしめた。自分がずっと望んでいたものは、遅れてやってきた。それでも、今届けられた。
 


第三章 —「失われた郵便鞄」—

 数日前。町の端にある旧い郵便局。「臨時仕分室」のプレートが歪んでいる。その部屋に青い鞄を背負った男、佐伯優人が立っていた。
 とても古びた鞄だ。鍵は掛かっていなくて、中を覗いた優人は眉をひそめた。曇った写真、色褪せた手紙。それぞれ消印も年代もばらばら。
 その中に、一通だけ地元の住所が書かれた手紙がある。「東雲杏子様」。
 優人は同僚の薫に声をかけた。
「どうしてこんな古い手紙が?」
「ずっと仕分け棚の隅で眠ってたんだって。局を閉めるから、未配達は処分しろって言われてるけど、読んでみたら、誰かがまだ待ってる気がして……」
 優人はその手紙を見つめる。ふと、表紙の下、消えかかるように「御影優」と書かれていることに気づく。
「この名前……どこかで……?」
 結局、優人は誰にも言わず、その手紙を自分のかばんにしまった。
 


第二章 —「タイムカプセル」—

 十年前——。
 大学の卒業式の日、学生たちで「タイムカプセル」を埋める約束をした。手紙や小さな宝物をそれぞれ箱に入れ、裏庭へと運ぶ。
「開けるのは十年後。絶対、みんなで来ような」
 御影優は自分の手紙を、大切そうにカプセルに入れた。杏子宛ての手紙だ。
 しかし——卒業の日直後、彼はそのまま失踪し、誰にも見つからなかった。
 十年後、約束の夜が来た。集まった面々の中に杏子もいた。だが、肝心の優の姿はなかった。
 箱を掘り返し、一人ひとつずつ手紙を受け取っていく。だが杏子宛ての封筒だけが、どこにも見当たらなかった。そして優からの便りは、誰の手にも届くことはなかった。
 


第一章 —「はじまりの配達人」—

 誰も知らない。旧市街の細道、その奥に小さな郵便局があることを。朝も昼も通らない路地、そこだけ静かな時間が流れる。
 この郵便局には、不思議な噂があった。「ここでは、いつか届け忘れた手紙が、必ず誰かのもとへ届く。」
 齢九十の郵便局長は、今日も窓拭きをしながらつぶやいた。
「配達人にも、“順番”がある。どうしても届かなかった最後の一通。その運命だけは、誰も変えられないんじゃ」
 通りすがりの佐伯優人、道に迷い、ふと局の前で立ち止まると、扉が風に揺れて開いた。
 そこで渡されたのが、ひとつの青い鞄。
「若いの、こいつを頼むよ。ここには、まだ渡せていない“最後の手紙”があるんじゃ」
 時刻は朝。外には誰もいない。でも、世界のどこかで、ずっと誰かが“最後の手紙”を待っている——。

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