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触覚

雨粒が肩に落ちた瞬間、皮膚の境界が溶け始めた。指先で自分の腕を撫でると、指がすり抜けるような感触。濡れた布地ではなく、まるで水面を撫でているようだ。体温が雨に奪われ、冷たい透明な膜が肌を覆う。手が自分の胸に触れたとき、指先は空気しか捉えられなかった。存在の輪郭が、雨に溶かされていく。

嗅覚

雨の匂いは、いつもの土の香りではなかった。透明な水の匂い。無臭に近い、しかしわずかに甘い、消えかけた記憶のような香り。鼻腔に染み込むたびに、過去の匂いがひとつずつ剥がれ落ちていく。雨に濡れた自分の体から、匂いが失われていく。自分という存在の痕跡が、嗅覚から消えていく。

味覚

唇に落ちた雨を舌で舐めると、味はなかった。無味の水。だが、飲み込むたびに、口の中に残っていた味が薄れていく。昨日のコーヒーの苦味、朝食の甘さ、すべてが雨に洗い流される。舌が何も感じなくなったとき、初めて「自分」が溶け始めていることに気づいた。

聴覚

雨音は、通常の雨とは違う。音が反響せず、吸い込まれていく。自分の息遣いが、雨に飲み込まれる。鼓膜が震えるたびに、声が遠ざかっていく。誰かの呼び声が聞こえた気がしたが、それが自分の声だったのか、他人の声だったのか、判別がつかなくなった。音が消えていく世界で、沈黙だけが残る。

視覚

最後に、視界が透明になった。雨に打たれた街並みが、徐々に透けていく。自分の手が、向こう側の景色に重なって見える。体が透明になり、背景と溶け合う。雨は止まない。透明になった世界の中で、自分がどこにいるのか、誰なのか、わからなくなっていく。

雨は、まだ降り続けている。

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