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古いアーケードの奥、看板も外れた小さなビデオショップがあった。店主はいつも同じ黒いエプロンを着て、客の顔をじっと見つめるだけだ。棚にはVHSテープがぎっしり並んでいて、どの背表紙にも「歴史のスペア」と手書きで記されている。

私はある雨の午後、そこに入った。人生に疲れ、ただ雨宿りするつもりだった。店主はカウンター越しに一言だけ言った。

「選べ」

棚のテープには、私の名前が書かれていた。生年月日も住所も同じ。違うのは、ほんの小さな選択だけだ。

私は一番端のテープを手に取った。ラベルには「1998年、電車を逃した日」とある。私はその日、会社を辞めるか迷って、結局電車に飛び乗った。あの瞬間、もしホームに残っていたら——。

レンタルは一晩だけ。店主は「返却は明日」とだけ告げ、テープを渡した。

アパートに戻り、古いビデオデッキに挿入する。映像は私の部屋から始まった。けれど、壁紙が少し違う。カレンダーが1999年のものだ。私はスーツを着ておらず、Tシャツにジーンズ。窓の外は、別の街並みだった。

映像は早送りされ、私の並行世界の日常が流れる。電車を逃した私は、駅のベンチで知り合った女性と話した。彼女は画家志望で、私はその日から会社を辞めた。苦しい日々が続き、時には路上で寝たこともあった。けれど彼女と一緒に小さなアトリエを開き、絵を売り始めた。三十歳の私は、彼女と結婚していた。子供はいない。代わりに、壁一面に描かれた絵があった。

私は自分の顔をじっと見た。映像の中の私は、笑っていた。疲れているのに、目が生きていた。

翌日、私はテープを返却した。店主は「次は?」と聞いた。私はもう一つのテープを選んだ。「2005年、プロポーズを断った日」。

今度は、結婚していた世界だった。子供が二人。けれど妻とはすれ違い、別居中。映像の中の私は、毎朝同じ電車に乗り、夜は酒を飲んで帰る。子供たちの写真をスマホの壁紙にしているのに、顔をまともに見ていない。

三本目、四本目。私は何本も借りた。どの世界でも、私は少しだけ違う選択をして、少しだけ違う後悔を抱えていた。

最後に借りたテープは、タイトルがなかった。ただ「現在」とだけ書かれていた。私は自分の今の部屋に座り、映像の中の自分を見た。映像の私は、雨の午後に同じビデオショップに入り、テープを借りていた。そして、店主に一言だけ言っていた。

「このテープを、返却しないでください」

映像はそこで終わった。私はデッキのスイッチを切り、暗い部屋でしばらく座っていた。外はまだ雨が降っていた。

翌朝、私は再びショップへ向かった。店主はいつものように待っていた。私はカウンターに置かれた新しいテープを手に取った。背表紙には何も書かれていなかった。

「これを、借ります」

店主は初めて微笑んだ。

「返却期限はありません」

私はテープをポケットにしまい、雨の中を歩き始めた。自分の人生を、もう一度選び直すために。

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