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【資料1:市民生活省 告示第409号(2071年4月1日)】

「発話時間消費法」の施行に関するガイドライン

国民の皆様へ。 国家資源である「残存可能時間(ライフ・タイム)」の枯渇を防ぐため、本日より全公用語に対する時間課金システム(通称:沈黙通貨制度)が適用されます。

  • 基本レート:
    • 発話:1単語につき「30分」の寿命削減。
    • テキスト送信:1文字(記号含む)につき「10分」の寿命削減。
  • 非課金対象:
    • 公的機関への緊急通報(ただし「助けて」の3文字、あるいは3秒以内の音声に限る)。
  • 罰則:
    • 無許可の歌唱、および長時間の雑談は「自殺企図行為」とみなされ、強制的な時間回収(資産凍結)の対象となります。

「言葉を慎むことは、命を愛することである。」


【資料2:アレン・クレイの個人端末より復元されたテキスト履歴(2082年10月〜12月)】

10月12日 08:32

差出人: アレン 宛先: エマ 本文: 朝。パンある。食べて。 (残高:12日 04時間 12分)

10月12日 08:35

差出人: エマ 宛先: アレン 本文: 了解。仕事気をつけて。 (残高:08日 19時間 30分)

11月03日 21:15

差出人: アレン 宛先: エマ 本文: 遅くなる。先に寝て。 (残高:09日 11時間 02分)

11月03日 21:18

差出人: エマ 宛先: アレン 本文: 薬買った? (残高:07日 02時間 15分)

11月03日 21:20

差出人: アレン 宛先: エマ 本文: 高い。無理。 (残高:09日 10時間 12分)

12月24日 23:58

差出人: エマ 宛先: アレン 本文: メリクリ (残高:01日 12時間 45分)

12月25日 00:01

差出人: アレン 宛先: エマ 本文: あ (残高:04日 08時間 22分)


【資料3:地下鉄跡地で回収されたICレコーダーの音声書き起こし(2083年5月18日)】

※ノイズが激しく、一部判読不能。発話者はアレン・クレイ、および身元不明の密売人(以下、男)。

アレン: 「(かすれた声)……あれを……くれ」 [発話消費:1分30秒]

男: 「(低い笑い声)……喉を鳴らすな、若いの。言葉は金だぞ。前払いだ。お前の『時間』をよこせ。3日分だ」

アレン: 「(沈黙。皮膚接触による時間転送デバイスの作動音:『ピピッ』)」

男: 「確かに。よし、これが『高密度・暗号化メッセージカード』だ。再生には最新の再生機がいるが、お前のような貧乏人には買えんだろうな。……これに何が吹き込まれているか知っているか?」

アレン: 「……」

男: 「お前の死んだ母親の、最期の『30秒』だ。彼女が国に『時間』を没収される直前、法外な闇レートで残した音声データさ。贅沢なもんだ、最後に息子に声を残すために、残りの寿命をすべて使い果たすなんてな」

アレン: 「(激しい呼吸音。衣擦れの音。何かを奪い取る気配)」

男: 「おい! 待て、まだ話は――」


【資料4:エマ・クレイの日記(物理的な手帳。ペンによる手書き。2084年)】

※物理的な紙への筆記はデジタル監視を逃れられるが、文字を書くという運動自体に政府が配布する「ナノマシン制御」による筋肉負荷がかかり、寿命が削られる仕組みになっている。筆跡は後半になるほど乱れている。

  • 3月12日 アレンが帰ってこない。 彼の部屋の机の上に、古い再生機が置いてあった。 動かない。 私たちは、いつからお互いの声を忘れてしまったのだろう。 最後に彼の声を聞いたのは、彼が十歳、私が八歳のとき。 「エマ、走れ」 あの時の、割れたガラスのような声だけが、私の耳の奥にこびりついている。 文字を書くのも、もう苦しい。 胸が痛む。 (消費推測:180分)
  • 6月1日 アレンが戻った。 右腕がない。 「時間」を売るための肉体切除手術を受けたのだと思う。 彼は私を見て、ただ微笑んだ。 声を出そうとした私の唇を、彼の冷たい指が塞いだ。 私たちは、抱き合うことしかできない。 触れ合う皮膚を通じて、彼の「残高」が私のなかに流れ込んでくるのがわかった。 残り、48時間。 (消費推測:240分)
  • 8月15日 私はもう、ベッドから起き上がれない。 アレンは毎日、どこかへ出かけていく。 私のために、時間を稼ぎに。 でも、わかっている。 彼が持ち帰る時間は、どんどん短くなっている。 この世界では、沈黙こそが美徳で、饒舌は罪だ。 けれど、私たちは人間だ。 一言だけでいい。 ただの一言だけでいいから、彼に伝えたい。 (筆跡はここで途切れている。数滴の涙による滲み)

【資料5:中央監視局 音声傍受ログ(2084年11月30日 03:14)】

監視エリア: 区画12-D(廃棄アパート) 対象: アレン・クレイ、エマ・クレイ

【ログ開始】

(微弱な環境音。雨の音。心電図のような不規則な電子音)

エマ(かすかな掠れ声): 「ア……レ……ン」 [システム警告:発話検知。生命維持可能時間より45分減算。残高:0分02秒]

アレン(激しい息遣い): 「(声を殺した泣き声)」

エマ: 「……き、い……て」 [システム警告:残高がゼロになりました。心機能停止プロセスを開始します]

アレン(絶叫): 「エマ!!! 聞いている! 俺の時間を、全部持っていけ! 全部だ! だから、死ぬな! 話してくれ、もっと話してくれ!!!」 [システム警告:違法な連続発話を検知。120単語。生命維持可能時間より60時間減算。警告、警告、契約残高を超過しています]

(短い静寂)

アレン: 「(穏やかな、しかし震える声で)」 「愛している」

(沈黙)

(二つの重なる心停止アラート音:『ピー――――』)

【ログ終了】


【資料6:遺品調査報告書(2085年2月10日)】

回収場所: 区画12-D 遺棄アパート 担当捜査官: ID-7892

当該住居において、男女二名の乾燥遺体を発見。両者はベッドの上で互いの右手を握り締めた状態で硬直していた。 特筆すべき点は以下の通り。

  1. 遺体の傍らに、動作しない旧式の音声再生機が1台。
  2. 再生機に挿入されていた「高密度・暗号化メッセージカード」は、過熱により物理的に破壊されていた。復元は不可能。
  3. 壁面に、人間の指先(血液によるものと推測される)で書かれた文字が残されていた。

【壁面の文字(転写)】

私たちは、十分すぎるほど、沈黙した。

【査定】 遺体からの残存時間回収:不可(完全にゼロまで消費されている)。 本件は、違法な「感情的会話」による二重心中事件として処理する。 遺品はすべて焼却処分とする。

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