潜水士の日誌 記録No.17 深度142m
今日も視界は五メートル。泥の粒子がゆっくり舞う。左手に崩れた大理石の柱が見えた。表面に刻まれた文字は「…知を…永久に…」としか読めない。手前に倒れた石版を掻き分けると、金属製の扉のようなものが現れた。錆と貝殻に覆われているが、明らかに人工物だ。酸素残量を確認し、写真を三枚撮影。明日もう一度潜る。
劣化した蔵書の断片 No.3 (羊皮紙 推定作成年:2147)
「……我々は知を一箇所に集めた。海の底にこそ、永遠の書庫を築くべきだと。嵐も戦争も、深海の静寂には届かない。アルカディアは人類最後の灯台となるだろう……」
海洋調査AI 観測メモ 2026-03-14 03:17
構造物群の配置は格子状。中央に直径約180mの円形窪地を確認。内部から微弱な金属反応あり。周辺の海底堆積物は通常の3倍の厚さ。過去に大規模な地盤沈下または構造物の崩壊が起きた可能性が高い。
潜水士の日誌 記録No.18 深度139m
扉の隙間にライトを当てた。内側に本棚のような影がいくつも並んでいる。金属の箱を一つ持ち上げた。蓋を開けると、プラスチック製の筒が出てきた。中にはロール状のフィルムが入っている。海水でかなり劣化しているが、文字が写っている。
劣化した蔵書の断片 No.7 (フィルム 推定作成年:2151)
「市民投票の結果、アルカディアは完全閉鎖を決定した。最後の船が出たあと、自動防護システムが作動する。海底への沈降は予定通り。外部からの干渉を完全に遮断する……」
海洋調査AI 観測メモ 2026-03-14 04:02
回収された筒状物内部に有機物残渣を検出。セルロース系繊維の痕跡。酸素濃度が極めて低い環境で保存されていたため、比較的良好な状態で残存している可能性あり。周辺の柱材から検出された同位体比は、2148年前後に急激な環境変化があったことを示唆。
潜水士の日誌 記録No.19 深度137m
フィルムを慎重に回収した。もう一つ、大きな石版を見つけた。「我々は知を守るために自らを海に沈めた」と刻まれている。隣の石版には人名がずらりと並んでいた。最後の行に「最後の司書 エレナ・ヴァルデス」とあった。
劣化した蔵書の断片 No.12 (金属板 推定作成年:2153)
「2153年、アルカディアは沈んだ。表層の混乱を避けるため、すべての知識を海底に封じた。外部との通信は永久に遮断される。残された者たちは、深海の静けさの中で、永遠に本を読むだろう……」
海洋調査AI 観測メモ 2026-03-14 05:41
中央円形窪地の底から、微弱な超音波反射を複数検出。形状は本棚に酷似。全体の構造物は、意図的に海底へ沈降させた人工建造物である確率が92%以上。沈降の原因は外部要因ではなく、内部からの操作である可能性が高い。
潜水士の日誌 記録No.20 深度135m
酸素が残り少ない。もう一度だけ、大きな本棚の前に立った。ガラスケースの中に、ほとんど原型を留めた本が一冊だけ残っていた。表紙に金箔で「人類の全記録」と書かれている。手が震えた。ライトを消し、静かに水面へ向かった。