あなたは、自らの指先を見つめている。
皮膚は乾燥し、ひび割れ、無数の深い溝が茶色いシミの合間を縫うように走っている。その指でページの端をめくろうとするたび、紙と皮膚が擦れる乾いた音が、静まり返った部屋に小さく響く。
ここ数年、あなたの世界は急速に狭まっていた。膝の痛みは歩行を億劫にさせ、かすむ視界はかつて愛した読書からあなたを遠ざけた。かつての友人たちは一人、また一人と世を去り、今やあなたを訪ねる者は誰もいない。
時計の針の音だけが響く午後、あなたは散歩に出た。生ぬるい秋の風が吹く街角で、見慣れない地下への階段を見つけたのは、まったくの偶然だった。
看板には、かすれた文字で「私設・逆生図書館」と書かれている。
あなたは誘われるように、手すりに縋りながら一歩一歩、暗い階段を降りていった。
地下の空間は、驚くほど広大だった。
壁一面を埋め尽くす書架には、天井に届かんばかりの古書が並んでいる。空気はひんやりとしており、古い紙とインク、そして微かな白檀の香りが漂っていた。
「いらっしゃいませ、旅人さん」
声のする方に目を向けると、カウンターに一人の司書が立っていた。年齢の判別がつかない、穏やかな目をした人物だ。
「ここは、どのような図書館かね」と、あなたはかすれた声で尋ねる。
司書は静かに微笑んだ。
「ここは、時間を巻き戻す場所です。この図書館の本を1冊読み終えるごとに、あなたの肉体と時間は若返ります。ただし、ルールが一つだけ。読む本は、あなたがかつて生きた年月に対応したものでなければなりません」
あなたは鼻で笑った。おとぎ話の類だ。しかし、司書が差し出してきた一冊の薄い本――表紙には、あなたが四十代の頃に流行したマイナーな学術書の名があった――を手にした時、指先に奇妙な温もりを感じた。
「試してみる価値はあるでしょう? 失うものは何もないはずです」
あなたは促されるまま、奥の読書スペースにある深い革張りのソファに腰を下ろした。
ランプの灯りの下で、本を開く。
活字を目で追う。不思議なことに、いつもならすぐに疲れてしまう目が、その本を読んでいる間はまったく疲れなかった。それどころか、行を追うごとに、文字が鮮明に浮かび上がってくるように見えた。
最後のページをめくり、パタンと本を閉じた。
その瞬間、あなたの身体を激しい熱い波動が駆け抜けた。
心臓が力強く脈打ち、肺の奥深くまで冷たい空気が吸い込まれる。あなたは驚いて自分の手を見た。
手の甲のシミが、明らかに薄くなっている。関節のこわばりが消え、指が驚くほど滑らかに動く。立ち上がってみると、いつもあなたを苦しめていた腰と膝の痛みが、嘘のように消え去っていた。
「おや、十歳ほど戻られましたね」
いつの間にか傍らに立っていた司書が、満足そうに頷いた。
あなたは興奮に震えた。これは本物だ。失われた若さが、今、自分の手の中にある。
「もっと……もっと本を貸してくれ」
「よろしいでしょう。ですが、お気をつけて。若返るということは、それだけの時間を遡るということです」
司書は次に、あなたが三十代の頃に読んだ小説を差し出した。
あなたは貪るようにページをめくった。文字を追う速度は上がり、頭脳はかつてない明晰さを取り戻していく。読み終えた時、あなたの髪からは白髪が完全に消え去り、豊かな黒髪(あるいはあなたがかつて持っていた髪色)が頭皮を覆っていた。肌には張りが戻り、鏡を見るまでもなく、自分が三十代の全盛期の肉体を取り戻したことが理解できた。
「素晴らしい」
あなたは歓喜の声をあげた。声に張りと艶が戻っている。
これなら、何だってできる。あきらめていた旅にも行ける。新しい事業を始めることだって可能だ。
あなたはさらに次の本を求めた。二十代。あなたが最も輝いていた、可能性に満ちあふれていた時代。
司書は少し悲しげな目をしながら、厚い一冊の詩集を渡した。
「本当に、それでよろしいのですね?」
「もちろんだ。若さこそがすべてだ。あの衰えと孤独に戻るくらいなら、死んだ方がマシだ」
あなたは詩集を読み始めた。
しかし、ページをめくるうちに、あなたの心に奇妙な違和感が芽生え始めた。
詩の言葉が脳裏に染み込んでいくのと引き換えに、あなたの記憶のディテールが、少しずつ、砂の城が崩れるように崩壊していくのだ。
頭の中に浮かぶ、かつての妻の顔。
優しかった彼女の笑顔、共に乗り越えた苦難、看取った時の涙。それらの「感情の温度」が、急速に冷めていく。
記憶としては存在する。「私は彼女と結婚し、三十年連れ添った」。しかし、それは歴史の教科書の一行を読んでいるかのように無機質で、何の感情も呼び起こさない。
なぜなら、今のあなたの肉体と精神は「二十代」へと向かっているからだ。まだ彼女と深く愛し合い、長い年月を共に過ごした「未来のあなた」の経験は、今のあなたの器には収まりきらない。若返るということは、その年齢以降に積み重ねた人生の重みを、記憶の血肉から剥ぎ取るということだったのだ。
「待ってくれ……」
あなたは本を閉じる手を止めた。
しかし、一度読み始めた本は、途中でやめることができない。活字があなたの目を吸い寄せ、強制的に脳内へと言葉を送り込んでくる。
最後のページをめくり終えた。
あなたの肉体は、完全に二十代の若者のそれになった。
みなぎる筋肉、完璧な視力、いかなる病の兆候もない健康体。
しかし、あなたの心は、空っぽの洞窟のようだった。
愛する人たちの名前は思い出せる。だが、彼らをなぜ愛していたのか、その愛おしさがどうしても思い出せない。彼らはあなたにとって、ただの「かつて知っていた人々」に成り下がってしまった。
あなたが人生の後半で得た知恵、挫折から学んだ寛容さ、他者への深い思いやり。それらすべてが削ぎ落とされ、今のあなたの精神は、若者特有の傲慢さと、根拠のない万能感、そして強烈な孤独感に支配されている。
「気がつかれましたか」
司書が静かに言った。
「時間は一方通行だからこそ、積み重なる。遡るということは、積み上げたレンガを上から順に壊していくことなのです。あなたが手に入れた瑞々しい肉体は、あなたが人生で得たすべての『意味』を代償にして成り立っています」
司書は、カウンターの上にさらに二冊の本を置いた。
一冊は、あなたが十代の頃に教科書で読んだ古典文学。
もう一冊は、あなたが幼少期に親しんだ、色鮮やかな絵本だ。
「これらを読めば、あなたはさらに若返るでしょう。十代の少年になり、やがては無邪気な子供になる。しかしその時、あなたをあなたたらしめている記憶は、完全に消滅します。あなたはただの、何も持たない無垢な器に戻るのです」
あなたは、自分の若々しく、傷一つない滑らかな手を見つめた。
この手は、重い荷物を持つことも、誰かを強く抱きしめることもできる。
しかし、その抱きしめる相手の温もりを、今のあなたはもう正しく感じ取ることができない。
「もし……」
あなたは震える声で尋ねた。
「もし、私がこのまま、この図書館を出て行ったらどうなる?」
「この若さのまま、外の世界で生きていくことは可能です。ただし、あなたは『自分自身の後半生を忘れた、中身の軽い若者』として、もう一度人生をやり直すことになります。それを幸福と呼ぶか、あるいは呪いと呼ぶかは、あなた次第です」
あるいは――と、司書は本棚の最下段を指さした。
そこには、あなたが老境に入ってから読んだ、付箋だらけの古い日記帳が置かれていた。
「それを読めば、あなたは元の年齢に戻ります。膝は痛み、目はかすみ、孤独な日々が待っているでしょう。しかし、あなたが愛した人々の記憶も、彼らを愛したという確かな心の痛みも、すべてあなたの元に戻ります」
あなたは立ち尽くし、目の前にある選択肢を見つめた。
若く、空っぽな未来。
老いて、満ち足りた過去。
あなたは息を呑み、ゆっくりと手を伸ばした。
あなたの指先が、どちらの本に触れたのか。
その選択の結末を知っているのは、ページをめくる、あなた自身だけだ。