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第一章 白石玲奈――再生生物倫理庁・調停官

マンモスが泣くとは、誰も想定していなかった。

いや、正確には「泣く」という表現が適切かどうか、会議では三時間も議論された。涙腺から液体が分泌されたわけではない。彼女――個体名《ナナ》は、長い鼻を床に伏せ、喉の奥から低い震動音を出し続けた。その周波数は、私たち人間の胸郭を内側から撫でるように響き、同席した若い研究員の一人は気分が悪くなって退室した。

だが私は、それを泣き声だと思った。

理由は簡単だ。私にも、あれと同じ音を出したい夜があるからだ。

西暦二〇五八年。
古代生物再生計画は、ついに「復元」から「対話」の段階へ進んだ。

最初は植物、次に昆虫、鳥類、小型哺乳類。そして八年前、ケナガマンモスの胚が人工子宮内で安定成長した。絶滅動物を蘇らせるだけなら、すでにニュースの消費物になっていたかもしれない。

だが人類は、そこで止まらなかった。

古代DNAの欠損部を近縁種のゲノムで補完し、神経発達領域に翻訳補助ナノマーカーを組み込む。彼らの認知構造を人間に近づけるのではなく、彼ら自身の知覚を記録し、パターン変換して相互理解を可能にする。

つまり、絶滅した動物たちと話せるようになった。

その瞬間から、彼らは展示物ではなくなった。

問題は、では何なのか、ということだった。

動物か。
市民か。
文化財か。
帰還者か。
それとも、人類が作った新しい孤児か。

私は再生生物倫理庁の調停官として、三日前から北方共生区に滞在していた。ここには三十七頭のマンモス、五羽のモア、二頭のサーベルタイガー、そして一体のドードーがいる。

「一体」と言うと鳥類学者に怒られるが、あのドードーは自分を「個体」ではなく「最後の冗談」と呼ぶので、私は心の中でこっそり一体と数えている。

問題になっているのは、今朝の公開対話式典だった。

政府は世界配信の場で、再生絶滅動物たちを「地球共生憲章」の象徴にしようとしていた。ナナが人間の子どもたちの前で、「私たちは共に生きます」と翻訳音声で語る。そこに首相が手を置き、拍手が起こる。

完璧な映像になるはずだった。

だが式典の三十分前、ナナは会場の床に鼻を伏せ、動かなくなった。

翻訳器には、断続的な言葉が表示された。

《雪がない》
《母の足音がない》
《この空は浅い》
《なぜ、帰る場所を作らず、私を呼んだ》

広報官は青ざめた。研究員たちは翻訳精度の問題だと言った。政治家たちは「予定されたメッセージを出せ」と囁き合った。

私はナナの前に膝をついた。

彼女の巨大な瞳に、会場の照明が小さく映っていた。そこには森も氷河もない。ただ人間のカメラと、白い壁と、人工的に冷やされた空気だけがあった。

「ナナ」

私はゆっくり呼んだ。

彼女の耳がわずかに動いた。

「あなたは、式典で何を話したい?」

背後で官僚の一人が小さく咳払いをした。私は無視した。

ナナの鼻先が、床を撫でた。翻訳器の画面に文字が生まれる。

《私は話したくない》
《私は聞きたい》
《なぜ私たちの死んだ世界を、あなたたちは懐かしむのか》

その言葉を見た瞬間、会場全体が沈黙した。

人間はずっと、絶滅動物の復活を希望の物語にしてきた。失ったものを取り戻せる。人類は償える。科学は過去の罪を癒やせる。

けれど、蘇らされた側にとって、それは希望なのだろうか。

私は答えられなかった。

そのとき、式典会場の入口で、小さな声がした。

「ナナは怒ってるんじゃないと思う」

振り返ると、子どもが立っていた。予定では、ナナに花束を渡すはずだった少女。名前は確か、三崎ユイ。十一歳。絶滅動物との交流教育プログラムの代表児童。

彼女は花束を抱えたまま、まっすぐナナを見ていた。

私は彼女に手招きした。

次に何が起こるか、私はまだ知らなかった。
だから、その続きを語るのは、彼女のほうがいい。

第二章 三崎ユイ――交流教育プログラム代表児童

大人たちは、ナナのことを大きいと言う。

でも私は、最初に会ったとき、ナナは小さいと思った。

体じゃない。
声が、小さかった。

ナナは私の学校に来たことがある。もちろん校舎には入れないから、グラウンドに特別な雪の床を敷いて、周りに低温ミストを出した。みんなはすごいすごいって騒いで、先生は「貴重な学びの機会です」と言った。

私はそのとき、ナナの目を見た。

そこに、すごいものなんて何もなかった。
ただ、どこへ行けばいいか分からない子の目だった。

私は転校したばかりだったから、それが分かった。

お父さんの仕事で、海辺の町からこの寒い共生区へ来た。前の学校の友だちは、最初は毎日メッセージをくれたけど、だんだん減って、今は誕生日のスタンプだけになった。新しい学校ではみんな親切だけど、親切すぎて、私はいつもお客さんみたいだった。

だからナナを見たとき、思った。

この子も、お客さんにされている。

今日の式典で、私は花束を渡して「一緒に生きていこうね」と言うことになっていた。何度も練習した。広報のお姉さんは、笑顔は三秒長めに、と言った。

でも会場に入ったら、ナナが床に鼻をつけていた。

大人たちは困っていた。誰もナナの近くに行かなかった。大きいから怖いのかもしれない。でも本当に怖がっているのは、ナナのほうだと思った。

白石さんがナナに話しかけた。

「あなたは、式典で何を話したい?」

ナナは答えた。

《私は話したくない》
《私は聞きたい》
《なぜ私たちの死んだ世界を、あなたたちは懐かしむのか》

大人たちは黙った。

私は、その質問の意味が少し分かった。

人間はマンモスの絵を描く。ぬいぐるみを作る。映画にする。氷河時代をかっこよく見せる。でも、ナナにとって氷河時代は映画じゃない。たぶん、眠る場所や、食べる草や、お母さんの匂いがあった場所だ。

それが全部なくなってから、「会いたかったよ」と言われても困ると思う。

私は花束を持って、ナナの前に行った。

花は、温室で育てた青い花だった。絶滅動物歓迎式典用に作られた、寒さに強い新品種。私はそれを見て、急に恥ずかしくなった。ナナが欲しいのは花束じゃない。歓迎の言葉でもない。

私は花束を床に置いた。

「ナナ」

ナナの目が私を見た。

近くで見ると、まつ毛に細かい霜がついていた。鼻の先は湿っていて、少し土の匂いがした。

「私も、前に住んでた町に帰れない」

大人たちがざわっとした。たぶん台本と違うからだ。

私は続けた。

「海が上がって、家が壊れて、もう町はない。写真はあるけど、そこには帰れない。だからみんなが『海ってきれいだよね』って言うと、ちょっと嫌になる」

ナナの耳がゆっくり動いた。

翻訳器が小さく鳴った。

《海は、あなたを食べたのか》

私は少し考えた。

「うん。たぶん」

ナナは長い鼻を私のそばに伸ばした。私は怖かったけど、逃げなかった。鼻先が私の手の甲に触れた。冷たくて、重くて、でもすごくやさしかった。

《あなたは小さい》
《けれど、失った場所を持っている》

私は頷いた。

「ナナも持ってる」

《私の場所は、あなたたちの博物館にある》

「違うと思う」

私は言った。

「まだ、これから作るんだと思う」

それが正しいか分からなかった。私は子どもだから、法律のことも、倫理のことも、予算のことも分からない。でも、ナナがここにいるなら、ここをナナの場所にしなきゃいけないと思った。

大人たちは「受け入れる」って言う。

でも受け入れるって、檻を広くすることじゃない。
一緒にいて、変わることだと思う。

そのとき、会場の奥から、低い唸り声がした。

みんなが振り向いた。

サーベルタイガーの《ラウ》だった。式典には出ない予定だったのに、警備ゲートの向こうに立っていた。黄色い目で、私たちを見ていた。

職員さんたちが慌てた。誰かが麻酔ドローンを呼ぼうとした。

でもナナが、今までで一番大きな音を出した。

床が震えた。
私の胸も震えた。

翻訳器に一文だけ表示された。

《彼にも聞け》

だから、次はラウの話だ。

第三章 ラウ――再生スミロドン個体

彼らは、私を牙で呼ぶ。

長い牙。
危険な牙。
美しい牙。
絶滅した牙。

人間は、見るものに名前をつける。名前をつけると、理解した気になる。私の筋肉、骨格、跳躍角度、咬合力。彼らはすべて測った。眠る時間、唸る回数、肉を食べる速度。私がどの距離で攻撃姿勢を取るかも知っている。

だが、私がなぜその距離を恐れるのかは知らない。

今朝、私は式典会場へ行くつもりはなかった。

人間が集まる場所は、匂いが多すぎる。汗、香料、恐怖、興奮、金属、電気、嘘。彼らは笑いながら緊張し、優しい言葉を使いながら支配の匂いを出す。

私は、それが嫌いだ。

それでも行ったのは、ナナの声が聞こえたからだ。

マンモスの低い声は、地面を通ってくる。空気よりも正直だ。彼女は悲しんでいた。悲しみは、獲物の血の匂いとは違う。もっと古く、深い。群れを失ったものの匂いだ。

私は群れを知らない。

再生されたとき、私のそばに母はいなかった。いたのは白い服の人間たちと、温度管理された保育室と、人工乳の管だった。彼らは私を「成功例」と呼んだ。

私は人間の言葉を覚えた。翻訳首輪をつけられ、研究者の質問に答えた。

寒いか。
腹は減っているか。
この絵を見て何を感じるか。
人間を獲物と認識するか。

最後の質問が、いつも彼らの本当の声だった。

私は彼らにとって、過去から来た捕食者だった。
彼らは共生と言いながら、私を試し続けた。
いつ牙を剥くか。いつ本性を出すか。

私の本性とは何だ。

肉を食うことか。
狩ることか。
恐れられることか。

ならば人間の本性は何だ。
蘇らせることか。
檻を作ることか。
拍手しながら、相手に台本を読ませることか。

私は会場の入口に立った。

少女がナナの前にいた。小さく、柔らかく、骨も細い。守られるべき生き物に見えた。だが彼女はナナから逃げなかった。

彼女の匂いには、海があった。

塩。
湿った木。
失われた家。

彼女はナナに、これから場所を作ると言った。

私は笑いそうになった。

人間の子は愚かだ。
だから、ときどき真実に近い。

職員たちが私を見て硬直した。麻酔ドローンの羽音が天井裏で起動した。私は知っている。彼らは私が一歩踏み出す前に眠らせるつもりだ。眠らされることは、死に似ている。体が自分のものではなくなる。

ナナが叫んだ。

《彼にも聞け》

白石という人間が私を見た。

彼女は、いつも恐れを隠さない。だからまだ信用できる。恐れているのに近づく者は、自分の弱さを知っている。

彼女が言った。

「ラウ。あなたは何を望む?」

麻酔ドローンが低く唸る。

私は一歩だけ進んだ。人間たちが息を止める。少女だけがこちらを見ていた。

翻訳首輪が私の喉の震動を拾う。

《私は望まれることに疲れた》

会場が静まった。

《人間は私に、野生であれと言う》
《だが、野生を与えない》
《人間は私に、危険であるなと言う》
《だが、牙を持って生まれたことを罪にする》

白石は何も言わなかった。

それでよかった。

《私は肉を食う》
《私は走る》
《私はときに怒る》
《それらを消して、共に生きるというなら、それは私ではない》

少女が小さく頷いた。

私は彼女を見た。

《お前は、私が怖いか》

少女は少し震えた。正直な震えだった。

「怖い」

その答えに、私は満足した。

《ならば、お前は私を見ている》

怖くない、と言う人間を私は信用しない。怖さを否定する者は、いつか自分の恐怖を正義と呼んで撃つ。

そのとき、別の匂いが混じった。

強い消毒液。硬い革靴。政治の匂い。
壇上の横に立つ男。人間の代表者。首相。

彼はずっと黙っていたが、今、微笑んだ。微笑みながら、目だけが笑っていなかった。

彼はこの場をまとめようとしていた。物語に戻そうとしていた。

彼が話す番だ。
だが、彼の内側の匂いは、言葉より先に私へ届いていた。

第四章 久世正臣――内閣総理大臣

怪物たちに会うのは、これが初めてではなかった。

もちろん、公式にはそんな言い方はしない。彼らは「再生絶滅動物」であり、「非人間知性体」であり、「地球史的対話の相手」である。演説原稿にもそう書かれていた。

だが、政治家にとって重要なのは名称ではない。
人々がそれをどう恐れるかだ。

私はナナを初めて見たとき、心を動かされた。巨大な生き物が、人工雪の上で静かに草を食む姿には、たしかに神話めいた美しさがあった。人類は過去を蘇らせた。死に勝った。失った自然と和解できる。そう信じたくなる映像だった。

支持率が下がっていた私の政権にとっても、それは必要な物語だった。

地球共生憲章。
再生生物との共生社会。
絶滅を生んだ人類が、再生によって責任を果たす。

美しい言葉は、いつも政策を通しやすくする。

だが今、式典会場ではその物語が崩れかけていた。

マンモスは予定の言葉を拒み、少女は台本を破り、サーベルタイガーは人間の欺瞞を告発した。カメラは回っている。世界配信は止められていない。広報官がこちらを見ている。どうしますか、と目で聞いている。

私は微笑んだ。

政治家は、危機の瞬間に表情を選ぶ職業だ。

壇上へ進み出る。マイクは必要なかった。会場の翻訳システムが拾う。

「ナナ、ラウ、そしてユイさん。あなた方の言葉を、私は重く受け止めます」

便利な言葉だ。

重く受け止める。
つまり、今すぐ何もしないという意味にもできる。

「共生とは、単に彼らを保護することではありません。私たち人間社会もまた、変わらなければならない。そのことを、今日、皆さんが教えてくれました」

拍手が起こりかけた。

私は続けようとした。ここから先は予定していた演説を少し修正すればいい。対話の難しさを認め、専門家会議の設置を発表し、法整備へ向けた検討を約束する。時間を稼げる。

だが、その前にナナが動いた。

彼女は巨大な鼻を持ち上げ、私の方へ向けた。

翻訳器が鳴った。

《あなたは、変わると言う》
《何を失うつもりか》

会場が再び沈黙した。

私は答えを探した。

何を失うつもりか。

それは政治で最も危険な問いだった。
人は未来の理想には拍手する。だが現在の利益を手放せと言われると怒る。

共生区を広げるなら、北方開発企業の土地利用権を取り消す必要がある。ラウの狩猟本能を尊重するなら、生き餌の倫理問題と向き合う必要がある。ナナたちに法的人格を与えるなら、所有権、保護権、移動の自由、繁殖の自己決定まで議論しなければならない。

そして何より、人類は「蘇らせたのだから管理してよい」という傲慢を失わなければならない。

それを言えば、支持層の半分は離れる。
言わなければ、この場は空虚な儀式に戻る。

私はナナの目を見た。

そこには票も世論もなかった。
ただ、答えを待つ生き物がいた。

少女の目も、白石調停官の目も、ラウの黄色い目も、こちらを見ていた。

私は初めて、自分が怪物たちに囲まれているのではないと感じた。

私は証人たちに囲まれていた。

「まず」

声が少し掠れた。

「まず、私たちはあなた方を国家の所有物とする考えを捨てます」

広報官が息を呑んだ。

「再生絶滅動物を、展示資源でも研究資材でもなく、独自の意思を持つ交渉主体として認める法案を提出します」

会場の空気が変わった。
それが支持につながるのか、混乱につながるのかは分からない。

「そして、北方共生区の拡張計画を凍結ではなく、変更します。あなた方自身の代表を含む協議体を設置し、生活圏を決める」

私は一度、言葉を切った。

ここからが最も危うい。

「そのために、人間の開発計画の一部を撤回します」

どこかで誰かが小さく叫んだ。企業関係者かもしれない。官僚かもしれない。

ナナは私を見続けていた。

《それは、あなたが失うものか》

私は正直に答えた。

「いいえ。最初に失うのは、そこに住む人間たちです。仕事や計画や期待を失う人がいる。だから私は、あなた方との共生を美談にはしません」

自分で言いながら、奇妙に腹が決まっていくのを感じた。

「共生は、誰かが少しずつ場所を譲ることです。痛みのない共生は、おそらく嘘です」

ラウが低く喉を鳴らした。

それが賛同なのか警戒なのか、私には分からない。

そのとき、会場後方の研究者席で、一人の老人が立ち上がった。
古代生物再生計画の創始者、榊博士。

彼はずっと沈黙していた。

この物語を始めたのは、彼だ。
だから最後の鍵も、彼が持っているのだろう。

第五章 榊央一――古代生物再生計画・創始者

私は、死者の骨に声を与えたかった。

若い頃、シベリアの凍土からマンモスの骨を掘り出した。骨は驚くほど軽かった。長い時間の中で、中身が抜けていた。私はその空洞に耳を当てた。もちろん何も聞こえない。風の音だけだった。

だが私は、その沈黙が許せなかった。

絶滅とは、世界から返事が消えることだ。
人間が問いかけても、もう誰も答えない。
だから私は、答えを取り戻したかった。

それが傲慢であることは、最初から知っていた。
知っていて、止まらなかった。

ナナが生まれた夜、私は泣いた。人工子宮の中で小さな鼻が動き、彼女が最初の呼吸をしたとき、私は人類が何かを償えると本気で思った。

だが、生まれたナナは古代から帰ってきたのではなかった。

彼女はこの時代に初めて生まれた、どこにも属さない命だった。
私が蘇らせたのは過去ではない。
過去を奪われた現在だった。

それでも私は、計画を進めた。

ドードーが生まれた。
モアが歩いた。
ラウが目を開けた。

ラウは最初、私の指を噛んだ。研究員たちは慌てたが、私は嬉しかった。痛みは、彼が標本ではない証拠だったからだ。

だが私は、その後すぐ彼に訓練首輪をつけさせた。
人間を傷つけないように。
研究を続けるために。
世論を守るために。

結局、私は彼を自由な命としてではなく、失敗しては困る成果として扱った。

今日の式典で、私はそれを思い知らされた。

ナナの問い。
少女の喪失。
ラウの怒り。
首相の苦い約束。

すべてが、私の沈黙を責めていた。

私は立ち上がった。

年老いた膝が痛んだ。会場中の視線が集まる。私はマイクの前へ行かず、その場で話した。翻訳システムが拾うだろう。

「私は謝らなければなりません」

声が震えた。だが震える声も、まだ声だ。

「私たちは、あなた方を絶滅から救ったと思っていました。しかし本当は、あなた方を絶滅後の世界へ呼び出しただけでした」

ナナの瞳が私を向いた。

「帰る場所も、祖先の群れも、あなた方自身の歴史も用意しないまま」

私は白石調停官を見た。
彼女は黙っていた。裁くでもなく、許すでもなく。

「対話技術を作ったとき、私は誇らしかった。ついに彼らの声が聞ける、と。しかし、声が聞こえるということは、拒絶も、怒りも、悲しみも聞くということです。私たちはその準備をしていなかった」

ラウがこちらを見ている。

私は彼に向かって言った。

「君の牙を、私は美しいと思った。だが、その牙が君自身にとって何であるかを尋ねなかった」

ラウは答えなかった。

それでいい。謝罪に返事を求めるのは、謝る側の甘えだ。

私は胸ポケットから、小さな記録媒体を取り出した。

「ここに、未公開の研究記録があります。再生過程で発生した失敗個体、知覚異常、早期死亡、行動抑制実験。共生の美談から外されたすべてです」

会場が騒然となった。

「これを公開します」

研究機関の理事が立ち上がりかけた。私は見なかった。

「彼らを社会に迎えるなら、人間はまず、どんな扉から彼らを入れたのかを知らなければならない」

私はナナに向き直った。

「あなたの問いに、私は答えられない。なぜ私たちが死んだ世界を懐かしむのか。おそらく、人間は自分たちが壊したものを、美しかったと言うことでしか耐えられないからです」

ナナは静かに聞いていた。

「でも、あなたがここにいる以上、私たちは懐かしむだけでは許されない。あなたの未来について、あなたと交渉しなければならない」

その言葉を口にした瞬間、私は初めて肩の荷が下りた気がした。

救済ではない。
管理でもない。
交渉。

それは冷たく聞こえるかもしれない。だが、交渉とは相手が自分と異なる存在であり、望みが衝突しうると認めることだ。私はようやく、彼らを「かわいそうな復活者」から解放できるのかもしれない。

ナナが鼻を持ち上げた。

翻訳器が、長い沈黙のあとに言葉を示した。

《私は、雪を要求する》

会場にざわめきが走った。

《作られた床ではない》
《季節としての雪》
《群れが歩き、子が沈み、老いたものが眠る雪》

彼女の声は続いた。

《そして、私たちの子に、人間の夢を背負わせないこと》

私は深く頷いた。

ラウが口を開いた。

《私は、狩りを要求する》
《殺すためではなく、私が私の身体を知るために》

ユイという少女が、花束の青い花を拾い上げた。

「私は、学校でこれを話したい。ナナがかわいいとか、ラウが怖いとかだけじゃなくて、何を譲るのかを」

首相が言った。

「協議体を、今日ここで設置します」

白石調停官が端末を開いた。

「では、最初の議題は『受け入れ』という言葉を使い続けるかどうかです」

私は少し笑った。

その言葉こそが、間違いの始まりだったのかもしれない。

受け入れる。
まるでこちら側にだけ場所があり、向こう側から誰かを招くような言い方。

だが本当は、私たちもまた彼らによって変えられる。
人間社会は、絶滅動物を迎えるのではない。
彼らの出現によって、自分たちの形を問い直されるのだ。

そのとき、会場の隅から、場違いなほど明るい声がした。

《ならば、私にも発言権を》

全員が振り向いた。

止まり木の上で、丸い鳥が胸を張っていた。
再生ドードー、個体名《ポル》。

彼はこれまでずっと眠っているふりをしていたらしい。

《絶滅の先輩として言わせてもらう》
《まず、人間は会議が長い》

会場に、初めて笑いが起きた。

ナナの低い震動音が重なる。
ラウが鼻を鳴らす。
ユイが笑う。
白石調停官が記録を始める。
首相が困った顔で、それでも逃げずに立っている。

私は耳を澄ませた。

骨の空洞に、かつて聞こえなかった声が満ちていた。

それは和解の声ではなかった。
赦しの声でもなかった。

もっと騒がしく、面倒で、矛盾に満ちた声。

共に生きるということは、たぶんこの騒がしさを終わらせないことなのだろう。

ポルが羽を広げ、次の語り手のように首を傾げた。

《さて、ここからが本題だ》
《私は飛べない鳥として、空港利用税の免除を要求する》

その朝、世界で初めての「絶滅種間協議会」は、笑いと沈黙と、まだ誰も答えを知らない問いの中で始まった。

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