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編者まえがき

以下に収録するのは、〈静寂法〉施行後の第七年から第十二年にかけて、ある一組の家族が遺した記録の断片である。発話に「寿命」という対価が課されるようになったこの時代、人々は言葉を惜しみ、その代わりに筆記具、点字盤、手話、図像、そして沈黙そのものを用いて意思を交わした。

ここに並べる手紙、メモ、音声記録の書き起こし、そして公的書類は、すべて遺族の許諾を得て公開するものである。欠落、判読不能、抹消された箇所は〔  〕で示した。

それらの空白に、何が記されていたか——それは読者諸氏の想像に委ねる。


1. 国家広報・第一号告示(抜粋)

発令日:静寂暦元年四月一日

本日より、全市民の発話は〈声紋課税〉の対象となる。一語あたり〇・三秒の生命時間が控除される。長文発話、感情的発話、不必要な反復については追徴を課す。

ただし以下は非課税とする:

  • 緊急時の救助要請
  • 乳児の発声
  • 〔  〕

2. 手紙(封筒に「ハル へ」と書かれた万年筆の筆跡)

静寂暦三年・秋

ハルへ。

今日もまた、君は学校で一言も話さなかったそうだね。先生から手紙が来た。「ご家庭でも、お子さんの発話を促してください」と。

笑ってしまった。

促してどうする。促した分だけ、あの子の寿命が削れるのに。

夕飯のとき、君は私の目をじっと見て、それからノートに「おいしい」と書いた。私はうなずいた。それで十分だった。本当に、それで十分だったんだ。

母さんは少し、声を使いすぎている。心配だ。昨日も電話で誰かと長く話していた。相手は誰だったのだろう。聞かなかった。聞けば、答えるために母さんがまた時間を失う。

おやすみ。

——父より


3. 音声記録・断片(家庭用録音機・三秒)

静寂暦四年・冬

「ハル。」 〔沈黙・約十二秒〕 「だいすき。」

※発話者:母親と推定。声紋課税により、計四・八秒の生命時間が控除された記録あり。


4. ハルの学習ノート(小学三年)

静寂暦四年・春

(クレヨンで描かれた家族の絵。父、母、ハル。三人とも口元に小さな鍵の絵が描かれている)

(その下に鉛筆で)

せんせいは きょう 7.2びょう はなした ともだちのミドリちゃんは 0びょう わたしは 0びょう

ミドリちゃんと 手で はなした 手は ただだから


5. 父の日記(革表紙のノートより)

静寂暦五年・三月十七日

妻の検査結果が出た。残存声紋時間、推定四十七時間。

四十七時間。

私たちが結婚したとき、彼女には三百時間以上あったはずだ。それを、何に使ったのか。

責めたいわけじゃない。彼女は教師だった。子どもたちに本を読んであげていた。法律が変わる前に、たくさん、たくさん、話していた。

「あのとき話さなければよかった」と思うことが、罪のような気がする。彼女が話していたのは、必要なことばかりだった。子守唄。物語。「いってらっしゃい」。「おかえり」。「あいしてる」。

ぜんぶ、必要だった。

ぜんぶ。


6. 母から夫への手紙(封をされず、引き出しに残されていた)

静寂暦五年・春

あなたへ

私の声を、何に使うか、決めました。

ハルが結婚するとき、もし結婚するなら、そのとき一度だけ「おめでとう」と言いたい。〇・九秒。

あなたが先に逝くようなことがあれば——縁起でもないけれど——「ありがとう」と言いたい。〇・六秒。

ハルが初めて子どもを産んだら、その子に名前を呼んであげたい。名前の長さによるけれど、二秒以内に収めたい。

あとは、〔  〕

——ことばを使わないで、あなたを愛する方法を、私はもうたくさん知っています。


7. 公的書類・抜粋

静寂暦六年・八月

氏名:〔抹消〕 残存声紋時間:三・二秒 推奨処置:完全沈黙生活への移行 配給品:筆記具一式、電子筆談機、手話学習端末


8. ハルの作文(小学五年・課題「私の家族」)

静寂暦六年・秋

私の家族は、しずかです。

お父さんは、一日に十秒くらいしか話しません。お母さんは、もうほとんど話しません。お母さんの声は、たいせつな日のためにとってあります。

私は、お母さんが話さないことを、かなしいと思いません。お母さんは、毎朝、私のおでこにキスをします。それで、ぜんぶわかります。

クラスのリン君は、「言葉を惜しむのは愛じゃない」と言いました。リン君のお父さんは、毎日二十分くらい話すそうです。リン君は、それがうらやましいと言いました。

私は、よくわかりませんでした。

家に帰って、お母さんにそれを話しました。話すといっても、ノートに書きました。お母さんはノートを読んで、長いあいだ、何も書きませんでした。

それから、お母さんは私の手をとって、自分の胸にあてました。

心臓が、トン、トン、トン、と鳴っていました。

それが、お母さんの返事でした。

私は、わかった気がしました。


9. 音声記録・断片(病室の録音)

静寂暦七年・二月

〔機械音、点滴の音、約四十秒〕 「……ハル」 〔沈黙・約六秒〕 「ごめんね」 〔沈黙〕 〔咳〕 〔沈黙・約二十秒〕

※発話者:母親。当日の声紋時間消費:一・八秒。残存時間:〇秒。


10. 父からハルへの手紙

静寂暦七年・二月十四日

ハルへ。

母さんが亡くなった。

知っているね。君もそばにいた。

最後の言葉は「ごめんね」だった。何に対する「ごめんね」だったのか、父さんにはわからない。早く逝くことへの謝罪か、それとも、もっと話してあげられなかったことへの謝罪か。

たぶん、両方だ。

でも、ハル。覚えていてほしい。母さんは、最後まで君のために声を残していた。「おめでとう」と「ありがとう」と、君の子どもの名前を呼ぶための声を。

それを、最後に「ごめんね」に使ってしまった。

それでも、父さんは、母さんを責められない。

たぶん、それが、愛だったから。


11. ハルの日記(中学二年)

静寂暦九年・夏

今日、学校で〈静寂法〉廃止運動の話を聞いた。「人間は話すべきだ」「沈黙は文化を殺す」と先生が言っていた。一日で先生は三百秒以上話した。みんな心配していた。

私は手を挙げて、ノートを見せた。

「話さなくても、伝わるものがあります」

先生は私のノートを長く見つめて、それから、何も言わなかった。たぶん、それが先生からの返事だった。

家に帰ると、お父さんが台所で晩ご飯を作っていた。お父さんは私を見て、小さく笑った。

私も、笑った。

それで、おしゃべりは、終わった。


12. 父の日記・最後のページ

静寂暦十二年・春

ハルが結婚する。

相手は耳の聞こえない青年だ。二人は手話で話す。一緒にいると、空気がとても柔らかい。

式の日、私は何か言うべきだろうか。

残存声紋時間は十八秒。少ない。けれど、十八秒もある。

妻が遺した「おめでとう」の〇・九秒を、私が代わりに言おう。妻が呼ぶはずだった、まだ生まれていない孫の名前を、いつか私が呼ぼう。

妻の沈黙は、終わっていない。

私の声の中に、まだ、生きている。


13. 結婚式の記録(家族用カメラ)

静寂暦十二年・五月

〔会場の静かなざわめき。手話の動き、紙のすれる音、約二分〕

父の声:「おめでとう。」 〔沈黙・約八秒〕 父の声:「母さんの分も。」 〔沈黙〕

※当日、父の声紋時間消費:一・八秒。 ※新婦(ハル)の発話:なし。ただし、長い抱擁の記録あり。


14. 静寂法廃止後・新聞投書欄より

静寂暦廃止・第三年

「静寂法は悪法だった」と多くの人が言う。私もそう思う部分はある。けれど、あの時代に、私たちは「言葉の重さ」を確かに知った。

母は最後に〇・六秒で「ごめんね」と言った。 父は孫の名を呼ぶために、十年以上、声を貯めていた。

今、私たちは何でも話せる。けれど、あの頃のように、一つの言葉に全てを込めることが、できているだろうか。

沈黙は、ただの空白ではなかった。

あれは、もう一つの、言葉だった。

——投稿者:ハル(三十二歳)


編者あとがき

この家族が遺した記録は、ここで途切れる。

〔  〕の部分に何が書かれていたか、何が話されていたか、私たちは知ることができない。けれど、知らないからこそ、私たちはそこに自分自身の沈黙を重ねることができる。

あなたが今日、誰かに言わなかった言葉。 言えなかった言葉。 言わなくても伝わったと信じている言葉。

それらは、すべて、この物語の〔  〕に収まる。

——どうか、あなたの沈黙を、大切にしてほしい。

(了)

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